八尺様・序

 

シーン2・釣り少年

 

村から出て、森を抜ける道を半日ほど進むと、

山から流れ降りてきた川と出会う。

この川の水は、山の神様からの頂きものであり、

村の住民にとって命の水でもある。

 

その川を半刻ほど少し上流に歩いていくと、

よく魚が釣れる場所があった。

 

怪我をした親に魚を食べさせようと、少年は釣りに来ていた。

少年が、釣りをする場所として目印としている大きな岩がある。

その岩の上に、見たことがない女が座っていた。

 

村の人間なら、すぐ分かる。

男ほどの背丈のある、でかい女。

白い着物、黒い長い髪、汚れた素足。

枯れ木のように細長い背中、気持ちが悪い。

向こうを向いているので顔は見えなかった。

 

今日は釣りを中断して帰りたかったが、

家族が今日食べる分の魚は、なんとしても釣って帰らなければならない。

少年はなるべく距離をとり、ゆっくりした動きで釣りを始めた。

 

釣れる。

一匹、二匹、三匹。

おかしいほど釣れる。

最初は嬉しかった少年だが、さすがに気持ち悪くなってきた。

よし帰ろうと立ち上がると、すぐ後ろに、女がいた。

 

あの、気持ちの悪い女だ。

怖い、気持ちが悪い。

そして、なんだか寒い。

 

「ぽ、、、ぽ、、、ぽぽ、、、」

 

少年の顔をのぞきこみ、女は何か喋った。

ぞっとする声、とても低い。

何を喋っているのか、よく分からない。

じっと見つめてくる。

睨むでもなく、ただ獲物を狙うヘビのように、

じっとこちらを見つめてくる。



逃さぬぞと言わんばかりに、女がゆっくり両手を広げた。

女ごしの背後が何も見えなくなるほど、腕は鷲の翼のように大きかった。

その腕が、翼をたたむように少年をゆっくり包み込む。

まるでヘビが獲物を捉え、ぐるぐると巻き付くように、

女の両腕が、じっくりと少年の体を包んでいった。

 

そのまま、ずぶずぶと少年の体は女の体にめり込んでいく。

抱きしめているのではない。

喰っているのだ。

その腕は、ヘビのように獲物に巻き付き、

そして獲物を、ゆっくりゆっくり、溶かしながら喰っていく。

 

「逃げなきゃ・・・」

少年が気づいたときには、もう遅かった。

頬、肩、腰はもう溶けて、女の体に吸収されていた。

ずぶずぶと、沈むように喰われていく。

女の手が、少年の頭をつかむ。

頭部が、いっきに女の体にめり込む。

「助けてくれ!」

女の両腕の間からは、

絶叫しようとした少年の大きく開いた口だけが見える。

 

まわりには、誰もいない。

川のせせらぎ、遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。

少年がはいていた片方の草履、釣り竿や魚籠がそこに残されていた。

今さっきまでいた少年の姿は、もう食い尽くされ、消えていた。

女は、ゆっくりとした動きで森の奥に消えていった。