夢と楽園01

気がつくと暗闇のなかにいた。遠くから明かりが迫ってくる

電球だろうか、頭上を抜けて消えていく。

ひとつ、ふたつ。何度も何度も、明かりが通り過ぎていく。

踏切を通過した音がした。

 

電車の中に立っていた。随分と古い車両だった。

木製の壁、座席はすべて対面式の四人掛けになっている。

また、踏切を通過した音が聞こえた。

今は夜なのだろう、窓の向こうは暗く果てしなく田んぼが続いていた。

あたりを見渡しても、自分以外の人間は乗っていない。

 

多分これは夢なんだろう。不思議な夢だな。

そう考えた。

突然、遠くで悲鳴が聞こえた。男のひとの声だった。

隣の車両で何かあったのかもしれない。悲鳴がした方向に視線を向ける。

車両同士をつなぐ扉の窓には、血だろうか、赤黒い染みがべったりとついていた。

そのため隣の車両の様子がまったく見えない。

 

どうしよう、そう狼狽えていると、

唐突にアナウンスが流れた。

 

「次は、えぐり出し、えぐり出し」

 

また、遠くで悲鳴が聞こえた。

今度は、女性の金切り声だった。

間違いない、隣の車両で何かが起こっている。

しかし窓は血まみれで何も見えない。

 

しばらく沈黙が流れる。

とても次に停まる駅名とは思えない。

なんだろう、ひき肉って。嫌な想像が頭をよぎる。

 

突然、扉が開いた。

女性が隣の車両から入ってきた。紺色の制服、首に黄色いスカーフを巻いている。

飲み物や食べ物の車内販売員の女性だった。

何ごともなかったようにワゴンを押しながら、こちらに向かって歩いてきた。

 

私は助けを求めようと思い、声をかけようとして、止めた。

女性の服は黒く汚れ、焦げ茶色の染みがあちこちにできていた。

よく見るとスカーフも黒ずみ、朽ちている。

モノクロの映像を見ているように顔は真っ白く、首元から顔にかけてびっしりと血管が浮いている。

目は見開き瞳は縮瞳していた。張り付いているような笑顔のまま、こちらに向かって歩いてくる。

 

押しているワゴンには人間の手足、毛のついた頭皮、そして内蔵が入ったバケツが積んであった。

まだ湯気が昇っている。

こちらに何も声をかけず、女性はゆっくりと通り過ぎていく。

ワゴンの発する、ゴトゴトという音だけが聞こえた。



何も言わず、女性が車両を出ていった。

そのとき、またアナウンスが流れる。

 

「次は、ひき肉、ひき肉」

 

嫌な想像は、きっと当たるだろう。何者かが人を殺している。

これは殺人列車で、きっと次は自分が殺される。

これは夢だ、覚めろ、覚めろ。必死になって強く念じる。

普段はこう念じると、夢から覚めることができた。

 

また、車両の扉が開く。

汚れた銀色の台車が入ってきた。台車には古いミートミンサーが乗っている。

上の穴から肉を入れ、挽いた肉が前に空いたいくつもの穴から、にょろにょろと出てくる機械だ。

 

それを二人の小人が押していた。

大人の半分くらいの身長で、座席と同じくらいの背丈。白い服、白い覆面をかぶった小人だった。

何も喋らず、手分けして台車を押して近づいてくる。

「ウィーン」

台車の上のミートミンサーの電源が入る。

小刻みに震える機械は見るからに汚い。以前挽いた肉片が掃除されず、あちこちにこびりついていた。

 

また車両に二人の小人が入ってきた。

白い服、白い覆面。手には肉を叩くためのハンマーが握られていた。

それらが静かに、どんどん近づいてくる。

覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ。

 

「ウィーーーン」

遠くに聞こえたミートミンサーの音が、どんどん大きくなっていく。大きく重いミートハンマーを引きずる音。

覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ。

 

小人が俺の膝に手を触れた。

その膝めがけ、ハンマーを振り上げたとき。

あたりが突然明るくなり、私は自分の部屋のなかにいた。

 

あまりに夢の余韻が強烈すぎて、しばらく動くことができなかった。

息を整え、ベッドから這い出す。

 

消えゆく夢の記憶を手繰り寄せる。

目が覚める寸前、小人たちの背後、車両の扉が開いていたのに気づいた。

そこに、猿の仮面をかぶった車掌の姿が立っているのが、一瞬見えた。