大雪山ロッジ殺人事件

 

 

大雪山ロッジ殺人事件

 

 

【背景】

 

扉の向こうの首の無い女

 

【OP】

 

扉の向こうに、あいつがいる。

ふいに現れ、知人を装い、なんとかしてドアを開けさせる。

開けたらダメだ、殺される。

どこまでも、どこまでも、あいつは追いかけてくる。

もう、どこにも逃げられない。

首を切られ、殺される。

私はこれから、どうしたらいいのだろう。

奴が、来る・・・。



「タイトル」

 

主人公、女に変更。

【背景、OP用、古いアパート】

 

(チャイムの音)

休日の朝、寝起きでぼんやりしていると、唐突に玄関のチャイムが鳴った。

扉の横の曇りガラスに、人影がゆらゆらと揺れているのが見える。

宅急便だろうか。

とくに、何も頼んだ覚えは無い。

私は警戒し、ゆっくりと、扉を開ける。

 

(声、あちき)

「ミナト運輸です」

作業服姿の若い青年が立っていた。

爽やかな顔立ちで、金髪にキャップをかぶっている。

女である自分の、油断しまくっている部屋着が恥ずかしくなった。

彼の胸には、ミナト運輸と書かれたバッジが付いている。

二十台前半だろうか、自分と同年代だと思う。

その笑顔に、どこか警戒していた私は拍子抜けしてしまった。

 

伝票にサインをすると、ダンボールを受け取る。

「ありがとうございました」

屈託のない笑顔で、青年は去っていった。

部屋に戻り送り主を見ると、実家の親の名前だ。

中は、大量のうどんの束。

それに手紙が入っている。

元気にしてますか?

もらったお中元のうどんが食べきれないので、食べてくれとのこと。

安堵とともに、

私も食べきれないよと、ぼやきが口から出てしまった。

 

(背景、街の交差点)

(音、環境音フェードアウト)

★(BGMなし)

 

ありあわせの具で手早くうどんを食べて、外に出かけた。

八月中盤とはいえ、まだ日差しは強い。

私は大学に通いながら、趣味でオカルト関係の取材をしている。

地元の心霊スポットの現地調査や、怪奇現象を体験したひとへのインタビュー、怪談収集などが主な活動内容だ。

それらの調査結果を、SNSへ投稿するのを目的としている。

自分でも、もの好きだなと思う。

だが、好きなものはしょうがない。

 

今日は、これから取材がある。

バスで四十分ほどかかる、丘の上の精神病院。

 

(不穏なBGM、背景+血)

 

そこに入院している患者が、大雪山ロッジで大学生四人が犠牲になった殺人事件の生き残りであり、ことの真相の証言者。

そして、今回の取材の対象者だ。





(背景、山小屋)

 

数日前、SNSにとある書き込みがあった。

 

(声、男性)

「八月二十三日、大雪山五合目のロッジには絶対に行くな」

 

投稿者は、友達が何人か殺され、自分もあやうく殺されかけたらしい。

同じような内容を、何度も何度も書き込んでいた。

フォロー数もなく、フォロワーもいない。

私は偶然、その書き込みを見つけ興味を持った。

その投稿者は足を怪我して、地元の総合病院に入院しているとのこと。

さっそく連絡をとったが、現在は病院を移ったらしい。

その転院先が、丘の上の精神病院とのことだった。

 

(背景、病院)

 

病院五階の休憩室で待ち合わせ、一階の喫茶店で話を聞く。

まわりに人がいると口を開いてもらえないかと心配であったが、店内に人はいなかった。

後で聞くと、いつもこんなものですと、冷静な顔で言われてしまった。

投稿者である男性は、数日前に友人数名と大雪山に登山し、そこで足の骨を折ってしまった。

その後、治療のため地元の総合病院の外科病棟に入院する。

そこで発信されたのが今回私が目にした、あの書き込みだった。

 

(背景、看護師)

 

元いた総合病院の看護師の話。

入院した当時は精神的に不安定だったこともあり、何度か看護師とトラブルがあったらしい。

体験した事件のストレスによるもの、と診断されたが、それを治療する精神科が、総合病院に無かった。

そのため、現在入院している別の病院まで転院してきた、とのことだ。

 

この精神病院に入院した当初は、病室の扉に鍵をかけられ、行動の自由は無かった。

しかし現在は緩和され、病院内であれば自由に出歩けるらしい。

 

(背景、病院に戻す)

 

私は時間の許す限り、この男性が遭遇した恐ろしい体験談を、こと細かく聞き出した。

聞いているだけでも冷や汗が吹き出る、本当に恐ろしい体験談だった。

 

なお、事件の発端になった古本屋についてだが、実際に行ってみると、残念ながら閉店していた。

付近の住民に聞き込みをしたが、店主の行方は、わからずじまいだった。

 

以下は、今回の取材を元に作成した、大雪山ロッジで起こった、恐ろしい事件のレポートである。

一部、刺激の強い描写もあるので、注意してお聞き願いたい。




【背景、戻す、血無し】

 

(VHSノイズ最初だけ)

 

これは本当にあった事件の話で、ある精神病院に隔離された事件の生存者の話です。

だから細部が本当なのか、狂人の戯言なのかは、わかりません。

 

しかし事件そのものは実際に起こり、北海道新聞の過去記事を探せば「大雪山ロッジ殺人事件」というのがあります。

その男は確かにその事件の生き残りであるのも間違いない、という事は初めに言っておきます。

 

(声は、女のまま)

(背景、古本屋)

 

事の発端は、投稿者である事件の生き残りの男が、札幌市中央区の〇〇公園近くにある古本屋に、フラリと入ったことから始まる。

何気なく男が手に取った本の隙間から、一冊の古い大学ノートが落ちてきた。

拾い上げ、なんとなくノートを開いてみると・・・。

 

(画像で、声なし、不気味な音楽)

 

奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる。

 

もう自分で命を断つしかないのか…。

 

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて・・・。

 

(背景、古本屋に戻る)

 

というような、物騒な内容が最初から最後までびっしりと書いてあった。

 

気味が悪くなった男は店主に、

 

(男性声)

 

「こんなものがあったんだけど、なんですか?これ?」

 

と聞いてみた。

 

店主は、

 

(男性低音)

 

「あ!」

 

と声をあげて、

 

「なんでもない、これは売り物じゃないんだ。」

 

と言って、ノートをむしり取った。



その日は仕方なく帰った男だったが、あのノートに書かれていた内容が頭から離れない。

 

奴とは一体、誰なのだろうか?

ノートを書いた人は今も生きているのだろうか?



次の日になっても、あのノートの内容が頭から離れず、気が付いたらまたその古本屋に来てしまっていた。

そして再び店主に問いただしてみたが、教えてくれない。

 

それでも気になって気になって、男は一週間ずっと通い続けた。

さすがにうんざりした店主は、ついに根負けして口を開いた。

 

「あんた、そんなにこのノートが何なのか知りたいのかい?」

「だったら、八月二十三日に大雪山の五合目にあるロッジに泊まってみると良い…。」

「ただし、後悔しても私は知らないよ」

 

男はここまで聞いてしまったら、もう止まらなかった。

 

(背景、山小屋))

 

友達四人を誘い、その年の八月二十三日に大雪山のロッジを目指して登山を開始した。

登山したメンバーの内訳は女二人男三人。



登山そのものは、不可解な事は何も起こらず、順調にロッジまで到着したそうだ。

ロッジに到着すると女二人は、

 

「お茶の用意をしてくるね」

 

と言って、すぐに準備を始めた。

男達は二階に登り、寝室に荷物を運んで整理を始めた。

登山を提案した男は、窓辺に座り景色を眺めていたそうだ。



五分くらいした後、寝室のドアの向こうから声がした。

 

「ねえ、開けて。お茶持ってきたよ」

 

階下でお茶の準備をしていた女の声だった。

 

手にお盆を持っているから、自分でドアを開けられないらしい。

 

近くにいた友人が、ドアを開けた。



その瞬間だった。

 

(落ちる音)

(煙、血のエフェクト)

 

突然そいつの首が、落ちた…。

 

首が切り落とされた男の体の上には、女の生首が乗っていた。

 

そいつの首の付け根からは、沸騰したヤカンのフタのように、絶えず泡まみれの血が溢れだしている。

 

体の上に乗っている、生首になった女友達の目は、恨めしそうにずっとこちらを睨みつけた。

手には、なにか包丁のような刃物を持っている。

 

そいつは迷いもなくすっと歩いてくると、有無も言わさず、荷物を整理する為に部屋の中心にいた友人の首も切り落とした。




窓際に座っていた、この登山に誘った男は、無我夢中で窓から飛び降りる。

 

そして命からがら逃げ出して、登山道を偶然通りかかった登山者に助けを求めたそうだ。

 

「な…仲間が何者かに首を切り落とされて殺された!」

 

この信じ難い話に半信半疑だった登山者だったが、急いでロッジに到着してみると、凄まじい光景に腰を抜かしてしまった。

 

入口を開けて一階に入ってみると、女が二人とも首を切り落とされて死んでいた。

 

「これは大変だ…!」

 

その後すぐに警察が出動した。

 

生き延びた男は、窓から飛び降りた時に足を骨折していたらしく、救急車で病院まで搬送された。

 

警察が現場検証をしたところ、

四人の遺体の首があまりにも鋭く斬られていたのか、出血もほとんどなかったそうだ。

警察はどんな凶器を使用したのか、まったくわからないと首をひねるばかりだったという。

 

そして不思議な事に、犠牲者達の首は一つも見つからなかったそうだ。

 

(背景、病室)

 

結局、事件は迷宮入りしてしまった。



その後、犯人が逮捕された、犠牲者の遺体の一部が見つかった、

などの報道、そして警察からの連絡は一切無かったという。

 

病院では、ベッドに横たわる怯えた姿の逃げ延びた男がいた。

 

そしてその病室では看護師が男の点滴を替えている時だった。

 

(効果音)

コンコン…。

 

そのノックに、看護師が答える。

 

(看護師の声、雨晴はう)

「あれ?誰だろう?はーい、どうぞ。」

 

しかし、ドアは開かなかった…。

 

その代わりに声が聞こえた。

 

(声はひまりの低音)

 

「この部屋に入院している者の母でございます。」

「荷物を持っていまして…すいません、開けて頂けませんか?」

 

男の、母親の声だ。

 

が、母親は単身赴任の父を訪ねて東京にいるはずだった。

ここは旭川だ…こんなに早く母が到着できるのだろうか。

 

そもそも、誰が連絡したのだろうか?

 

この時、男はその不自然さに気づいた。

 

看護師がドアを開けようとする。

「はーい、今開けますね…。」



「駄目だ!開けては駄目だ!」



男が声をあげようとした瞬間。

 

(効果音)

「ドサッ…!」

 

男が、あることに気がついた。

 

そいつは、自分では決してドアを開けない、と言う事。

 

そいつは、どんな人の声も真似できるらしいという事。

 

そいつは、あらゆる口実でドアを開けさせようとする事。

 

そして最後に、そいつは自分の存在を知った人間を、殺すまで追い続けると言う事…。



男はその時ベッドの下に隠れ、じっと息を殺した。

右へ、左へと看護師の足が動いている。

その向こうには、切られたばかりの看護師の首が転がっていた。

おそらく、この看護師の体には、誰か別の頭が乗っかっているのだろう。

どれくらい時間が経っただろうか。

病室中を歩き回った足は、諦めたのかそのまま部屋から出ていった。

安堵感からか、男はそのままベッドの下で気を失ってしまったという。

 

(シーンチェンジ)

 

その後、病院内の慌ただしい雰囲気で、彼は目を覚ましました。

どうやら、看護師のひとりが行方不明になっているそうです。

今さっき化け物に襲われ、行方不明の看護師は首を切られた。

いくら説明しても、他の看護師、そして医者たちは信じてくれません。

彼は諦め、ここでまた奴が現れるかもしれない恐怖と、毎日戦っているそうです。




彼の話は、ここで終わりです。

私は、今回の謝礼を手渡すと共に、丁重にお礼をして病院をあとにしました。

彼の話している内容が、全て事実であるかは、私には分かりません。

しかし、大変興味深い内容なことは事実なので、急いで家に帰って投稿用の原稿を仕上げようと思います。

 

ひとつ、気がかりなことがあります。

この話を聞いた時、私の所にもそいつが来るのではないかと、正直心配になりました。

しかし、いくらなんでも、それはない。

と、どこか他人事のように安心していたのです。

 

(シーンチェンジ、アパート)

 

数日後。

私は友人二人と、酒を飲んでいました。

さまざまな身の回りの話題で盛り上がったあと、

今回の事件について、友達の前で喋ってみたのです。

たしか、午前二時頃でしょうか、

いきなり家のチャイムが鳴りました。

 

(チャイム音)

 

恐る恐る玄関に行くと・・・。

「おい、俺だよ俺。祐司だよ!開けてくれよ!」

 

東京に就職した友人の声がしました。

さすがに皆焦って、そっと鍵を開けて、

 

「鍵、開いてるよ!」



って言ったんです。

 

そうしたら、

 

「お土産沢山抱えてて…。開けてくれよ!なあ!開けてくれよ!」

 

それを聞いて、全員怯えてしまったんですけど、

友人の一人が機転を利かせて、家の裏口を開けたんです。

 

そして、

 

「祐司、なんかドア壊れたみたい。裏口開いてるから入っておいで。」

 

って、言いました。

 

今考えると、本当に入ってきたらどうするんだ!って話なんですけど、

その時は無我夢中だったんです。

 

その晩は友人みんなで、朝まで布団をかぶって震えていました。



次の日、祐司に電話してみると、

 

「え、今?東京にいるけど、なんで?」




今でも半信半疑ですが、もう誰かの為にドアを開ける事は、

絶対にしないようにしています。