生き地獄

生き地獄



うちの母親のいとこの親戚のおばさんの話を書いてみるよ。

 

このおばさんは、当時60代後半で小学校の先生をずっとやってた人なんだ。

家族運のない人で、旦那さんを病気で亡くし、一人息子だった人もだいぶ前に亡くなってる。

たしか海での事故だったはず。

そういう不幸があったんだけど本人はすごく明るくて、ただ家族のかわりなのか室内犬を飼ってかわいがってた。

 

親戚の世話を焼くのが趣味みたいな人で、実際従兄弟の中にはおばさんの教え子の中から嫁さんを世話されたのが2人いる。

ある親戚の一人が多額の借金を背負ったときには、学校の退職金からお金を融通してやったこともあったらしい。

 

生活のほうは自分の年金と旦那さんの遺族年金があったおかげで、何不自由ない一人暮らしをしていた。

正月のたびに高額のお年玉をもらったもんだよ。

 

そんな人だったから、病気になったときには親戚一同が入れ替わり見舞いに行った。

心臓の病気だったんだけど、いよいよいけないって病院から連絡が来たときには、親戚中で集まってベッドを取り囲んだ。

 

心電図が弱くなってきて呼吸も弱って、時間の問題だったろうけど、そのときに従兄弟の一人が泣きながら「おばさん死んじゃだめ、戻ってきて」って耳もとで叫んだんだ。

 

つられたように親戚の何人かがおばさんの枕元にかけ寄って、口々に「死んじゃだめ」「いかないで」って大きな声を上げた。

中には手を握って揺さぶってる人もいた。

それまでのおばさんのしてくれたことを思い出して、親戚のみんなが心が一つになったような感じだった。

 

すると、それが効いたのかわからないけど、おばさんはそこから持ち直したんだ。

「ありえない、みなさんの呼びかけが効いたんですかねえ」と言って医者も驚いていたよ。

 

(ワンクッション)

 

ここからは、うちの母親から聞いた話。

 

母親ともう一人の若い親戚が、病院に泊まり込んでたんだそうだ。

意識が戻ったようですという知らせで病室に行くと、

全身点滴やら酸素やらのチューブだらけになった

おばさんが寝ていた。

薄目を開けてシーツから黒くなった顔を出してたけど、母親らの顔を見ると大きく目を見開いて、しわがれ声で・・・

 

・・・お前ら、何で呼び戻した。

息子と主人が迎えにきて、よい気持ちで光の中に入っていこうとしたのに・・・

なんで呼び戻した!!

 

恨みのこもった声でそういうと、

首だけそっぽを向いてしまった。

 

それから「苦しい、くるうしいいい!!」と叫んで手足をばたつかせだした。

ついていた看護師さんが取り押さえて医師の先生が来て鎮静剤を打って母親らは病室から出された。

だけど意識が戻ればすぐまたそういう状態になるんで、もう面会もできないからっていって母親らは帰って来たんだな。

 

それからは親戚のだれかが見舞いに行こうとしてもおばさんが拒否するんだ。

その理由が

「親戚たちが生き地獄に堕としたから」

とのことだった。

 

とにかく誰とも会いたくないというおばさんの希望で、身の回りの世話は本人が頼んだ付添婦がやっていたということだ。

それから3ヶ月くらい入院していたらしい。

心臓のほうはかなりよくなったものの原因不明の全身の痛みはとれなかった。

しかし日常生活はなんとかできるようになったので、症状固定という診断がおり、病院を退院することになった。

 

実際のところは人が変わったようにすべてが気に入らず、

悪態をつくおばさんを病院がもてあましたんだと思う。

退院の日、親戚たちで手伝いにいこうとか、

お祝いをしようとおばさんに連絡したらしい。

電話の返事は、

「・・・お前らの顔も見たくない、お前らのせいで生き地獄に墜ちた」

という感じでとりつくしまもない。

 

親戚の中で飲食店を経営して羽振りのよい一人が、おばさんを引き取って世話をしようと病院まで訪ねたけど、花瓶を投げつけられて帰ってきたという話だった。

 

おばさんの飼っていた犬は、入院中うちで預かって世話していた。

退院してタクシーに乗るとき。

母親が抱いて駆け寄って見せたら、

すごい顔でにらんで、ものも言わずに

ひったくったということだった。

 

退院後おばさんは、旦那さんが生きていた頃に建てた広い自宅に戻った。

黒い和服を着て、やせて目をぎょろぎょろさせながら、

近所を黙々と歩いているのを何度か目撃されたらしい。

その様子は、通りがかった小さい子供が見たら泣きだすくらい異様な光景だったらしい。

 

こっそり様子を見てきた母親は、

気の毒とか可哀そうというより、

おぞましい、禍々しいという言葉が相応しい

と言っていた。

 

電話をかけても出ない。

訪ねていっても誰も家に入れてくれない。

玄関に鍵をかけて、声をかけると

中からどかどかと扉を蹴っている。

 

なんで戻した、なんで呼んだ、なんで死なせてくれなかった、生き地獄に墜ちた

 

そのうち親戚は、おばさんの家に寄りつかなくなった。



それから1ヶ月くらい後の話。

こうしてもおけないだろうと、老人施設に入るか再入院を勧めるために、

男の親戚数人で会いに行ったらしい。

玄関の鍵が開いてて、中に入ってみたらおばさんは布団の上にうつ伏せになって亡くなっていた。

旦那さんと息子さんの位牌を胸の下に抱いて。

 

死後、そんなにたっていないはずなのに、家の中は強烈な悪臭がした。

医者の話では、両足のふくらはぎのあたりまで、それから背中が壊死していたらしい。

つまり、生きながら腐ってた。

 

それと、臭いの原因は他にもあった。

台所で、おばさんが飼っていた室内犬が腹を引き裂かれて死んでいた。

だいぶ時間がたってしまっていた。

おばさんが亡くなってた寝室の壁には、血膿とおそらく糞尿で大きく・・・

 

「う・ら・む」

 

と書かれていた。

それから、アルバムの写真。

旦那さんと息子さん以外の、親戚やおばさんの友人が写ってる写真はみな、細かくちぎられて散らばってた。

 

それだけじゃなく、おばさんが大事にしてた昔の教え子の小学校の卒業アルバム。

何十冊もあるんだけど、それらもすべて、ハサミとか使わないでよくもこんなに、というくらい小さくちぎられていた。

 

これで話は終わりだけど、母親は、

 

「病院で危篤状態のときに呼び戻したりしてはいけなかったのかもしれないねえ」

 

と話していた。

 

「生き地獄に墜ちた」というのが、どういうことかわからないけど、

とにかく何か、霊界へいく仕組みとかが狂ったんだと思う。