殺し殺され、振り振られ
怪談「山の上の廃墟・前日譚、殺し殺され、振り振られ」
https://www.nicovideo.jp/watch/sm40674671
(ニュース番組)
山間にある〇〇県のXX町で、男女の殺人犯が潜伏中。
地元警察は県警に捜査協力を仰ぎ、犯人の行方を追っているとのことです。
☆
女性Aは、高校を卒業して地元のスーパーでパートとして勤務していた。
高校時代に束縛の強かった元彼Bから開放され、
豊かではないが、幸せな毎日を送っていた。
☆
仲の良かった友人の結婚式からの帰り道、
女性Aは赤いドレスを着て、軽自動車を運転していた。
もう少し、抑えめの色でもよかったかもしれない・・・。
ぼんやりと、そんなことを考えて交差点を右折する。
対向車線を走っていた、白いワンボックスカーが信号無視をして直進してきた。
避けようとおもうが避けきれず、女性Aの乗っていた軽自動車は歩道に乗り上げ停止する。
相手の車に乗っていたのは、
TVニュースで殺人犯として報道されていた、犯人の男と女だった。
荷台には、汚れたスコップとロープ。
死体を山に埋めてきた帰り道であった。
犯人の男が車を降りて、女性Aのもとに向かってくる。
無言で、何かを決意している顔をしていた。
☆
その三十分後、女Aは車の後部座席にいた。
自分の所有する軽自動車ではなく、
前方がひしゃげた白いワンボックスカー。
さきほどの事故現場から少し離れた、山へと向かう峠道を走っている。
運転しているのは犯人の男。
そして、犯人の女が助手席で不機嫌そうにスマホをいじっていた。
ふいに、女が運転している男に話し始めた。
そのすきに、女Aはスマホで助けを求める。
110では、状況を説明する時間がない。
LINEでひとこと、「助けて、連れ去られた」とだけ送る。
相手は、高校時代に付き合っていた元彼Bだった。
束縛が強すぎて、喧嘩別れした男。
それでもいい、誰でも良かった。
それに気づいた犯人の女。
スマホを奪い、車の窓から投げ捨ててしまった。
☆
車が止まる。
場所は、山へと向かう峠道の途中にある開けた場所。
そこに生活感のない建物があった。
この建物は別荘として建てられ、現在は殺人犯の潜伏先として使われている。
別荘のなかに乱暴に連れて行かれる女性A。
倉庫として使われていた天井の低い地下室に放り込まれた。
☆
そのとき、別の場所。
女性Aの地元。
そして、束縛の強かった元彼Bの住む土地。
元彼Bが手に持っているスマホの画面には、
あの別荘付近の地図が表示されていた。
女性Aのバックには、今もエアタグが仕込まれていた。
エアタグとは、持ち物追跡タグと呼ばれるものだ。
小型で電波を発信し、とりつけた物を紛失したとしても、
GPS機能によって、すぐに場所を追跡できるものだった。
束縛の強かった元彼Bは、別れたあともその装置を使い、
女性Aの位置情報を追跡しつづけていたのだった。
☆
女性Aが監禁されている地下室に、
血まみれで顔を腫らした男が連れてこられた。
元彼Bだった。
連絡を受けて助けに来たはいいものの、別荘を探索中に犯人の男に捕まってしまった。
警察への連絡もしていなかったという。
よろめく足で、女性Aの隣に突き飛ばされる。
犯人の男が地下室を出ていこうと振り向いたとき、
元彼Bは、犯人の男に体当たりした。
呻く犯人。座り込み、息を切らす元彼B。
手には、血の付いたナイフが握られていた。
呆然と、それを眺める女性A。
元彼Bは、ナイフを握り直すと犯人の男に突き刺した。
果物のように人間の体に刃物が突き刺さる。
犯人の男は、倒れたあと痙攣して、動かなくなった。
騒ぎを聞きつけて、犯人の女が階段を降りてきた。
呆然とする女性A、血まみれで座り込んでいる元彼B。
そして、倒れて動かなくなった犯人の男。
状況を把握した犯人の女は、激昂して元彼Bを蹴り飛ばした。
まわりに体をぶつけながら、もみくちゃになる二人。
☆
唐突に、静寂が訪れる。
犯人の女は倒れ、呻いている。
それを立って、眺めている元彼Bの背中が見える。
ゆっくり振り向くと、元彼Bの腹にはナイフが刺さっていた。
震える手で、それを引き抜くと血がこぼれ落ちる。
逃げよう。
呆然とする女性Aの手を掴み、強引にでも立ち上がらせて地下室をあとにした。
駐車場に、あのワンボックスカーが止まっている。
キーは、近くのテーブルの上に置いてあった。
元彼Bは、もう限界のようで、車を見つけたあと気が緩んだのか座り込んでしまった。
運転席のドアを開けたのは、女性Aだった。
鍵を挿し、エンジンをかける。
ほら、早くとせかし、元彼Bを助手席に乗せた。
スマホで助けを呼ぼうにも、あの女に窓から投げ捨てられた。
車を運転して逃げるしかない。
元彼Bは腹を刺され、助手席で苦しそうにしている。
女性Aがハンドルを握り、アクセルを踏んだ。
ハンドルを握りながら、叫ぶ女性A。
恐怖心からか、開放感からだろうか。
深夜の峠道、車の一台もすれ違わない。
どれくらい走っただろうか。
助手席の男は、先程から動いていない。
肩を触ると、もう冷たくなっていた。
曲がりくねった峠道、急ぐあまりスピードを出しすぎて道を外れてしまった。
車はガードレールを突き破り、そのまま落下していく。
スローモーションでゆっくり、崖を転がる岩のように落下していく車。
つづら折りになって折り返してきた下の道のガードレールにぶつかって、ようやく止まった。
煙につつまれた車内。
鉄製の車体が、紙の箱を手でぐしゃっと握られたようにひしゃげていた。
真っ白な肌と真っ赤なドレス。
口からは真っ赤な血が垂れている。
運転していた女性Aの体は、シートとダッシュボードに潰され、
ハンドルの支柱が、その体を突き破っていた。