ブラックウッド精神病院

 

「ブラックウッド精神病院」

 

廃墟と化したブラックウッド精神病院。そこは狂気と闇が支配する場所。心霊現象を追うユーチューバー、デイビッドとマヤは、その深淵へ足を踏み入れる。そこで彼らを待ち受けていたのは、想像を絶する何かだった。逃げ場のない恐怖。愛する者を奪われた時、男は正気を保てるのか? 闇が迫り、物語が始まる。

 

 

ブラックウッド精神病院に、

悪夢から引きずり出されたような、

獣じみた叫び声が鳴り響いた。

 

想像を絶する苦痛を思わせる、

身の毛もよだつ絶叫だった。

デイビッドは震える手で、

ICレコーダーを握り直す。

 

 

「聞こえた?」

 

ささやき声でマヤが尋ねる。

デイビッドは、うなずき返すのが精一杯だった。

視線は廊下の奥、影に沈んだ入り口を見つめている。

カビ臭さと腐敗の臭いが混じり合った、

重苦しい空気が、得体の知れない力で

ビリビリと震えているようだった。

 

「あそこから、聞こえた」

 

デイビッドはかすれた声で言った。

 

「隔離病棟からだ」

 

行くべきではなかった。

2人とも分かっていた。

 

 

ヘリ空撮風

流れる森、白く四角い建物、

SUPER8風・静止画)

 

ブラックウッド精神病院は、

1世紀にわたる苦しみを今に伝える、

朽ち果てた記念碑のような場所だった。

 

洗脳、暴力、感染拡大、そして閉鎖。

オカルトマニアの間で囁かれる噂は、

あまりにも恐ろしかった。

 

それでも、彼らはYouTubeで活動を続ける

ゴーストハンターだった。

闇の世界に足を踏み入れ、囁きや影を追いかける。

未知の証拠を探すことで、

ネット上での存在価値を築いてきたのだ。

 

 

「ちょっとだけ覗いてみる?」

 

マヤが言った。

その声には興奮と不安が入り混じっていた。

彼女はカメラを調整した。

赤いランプが、

彼女の顔に不気味な光を投げかけている。

 

 

デイビッドは一瞬ためらった。

恐怖と未知への抗いたい魅力との間で、

心が揺れていた。

この場所、何かが違う。

まるで、目に見えない存在が

ふたりの行動を監視しているかのようだった。

 

「5分だけだ」

 

彼はついに折れた。

拭い去れない不吉な予感が、

彼の胃袋を締め付ける。

 

「それからすぐにここを出る。例外はなしだ」

 

 

彼らは重苦しい暗闇の中を、慎重に進んでいった。

懐中電灯の光が、薄汚れた壁、

剥がれ落ちたペンキを断片的に照らし出していく。

空気は冷たく、重苦しくなっていった。

まるで、地の底のようだった。

正気を失った世界のさらに奥底へと降りていった。

 

蝶番が壊れかかったドアが、

今にも崩れ落ちそうなほど傾いている。

最後の病室で、

彼らは「それ」を見つけた。

 

 

あたり一帯を包む暗闇よりも

深い黒に染まった人影が、

部屋の隅にうずくまっている。

 

彼らが近づいていく間も、

「それ」は微動だにしなかった。

静寂の中、二人の足音だけが響いていた。

 

 

「こんにちは」

 

マヤが小声で呼びかけた。

わずかに声が震えている。

 

「あなたは誰ですか」

 

人影がぴくりと動いた。

その瞬間、すべてが変わった。

 

 

デイビッドは後ずさり、瓦礫だらけの床を蹴飛ばした。

息が詰まりそうだ。

マヤの美しい顔だった場所に、今は異形の化物が鎮座していた。

それは、気の狂った操り人形師に

操られるようにぎこちなく、

不自然な動きで彼に近づいてくる。

 

 

ドアまでたどり着かなければ。

廊下の奥にある、あの古くて重いドアまで。

あそこをくぐれば、病院の出口に続くロビーに戻れるはずだ。

 

蜘蛛の糸のように細い希望の光が、

彼の胸にちらついた。

そこまでたどり着くことができれば、

あの化け物から

逃げ切れる可能性があるはずだ。

 

 

彼はよろめきながら立ち上がった。

足は震え、

心臓は肋骨を打ち破らんばかりに激しく鼓動している。

呼吸は浅く、錆と恐怖の味がする、

生ぬるい空気を、必死に吸い込もうとする。

 

「マヤ、お願いだ」

 

彼は必死に呼びかけた。

その声は、絶望に染まっている。

 

「僕だよ、デイビッドだ。覚えてるだろう?」

 

 

かつてマヤだったものは、首を傾げた。

それは、彼女のいつもの仕草を歪めたような動きだった。

その虚ろな黒い瞳は、彼を射抜くように見つめ、

彼の姿ではなく、鏡に映った化け物でも見るように、

別の何かを見ているようだった。

 

 

「私たちは、選ばれたの」

 

それはしわがれた声で言った。

マヤの声の、残骸だった。

 

「やっぱり真実は、

語られなければならない」

 

 

それは再び突進してきた。

その速さに、デイビッドは肝を冷やした。

間一髪、横に飛びのいて化け物の爪をかわす。

あと一瞬遅かったら、

彼の頭が吹き飛ばされていたところだ。

 

彼は後退り、アドレナリンが力を与えてくれた。

だが、化け物は容赦なく追撃してくる。

それは不自然なほどの敏捷性で動き、

手足はあり得ない角度にねじ曲がっている。

 

 

デイビッドの手が、冷たく硬い何かに触れた。

懐中電灯だ。

彼はスイッチを入れた。

光が闇を切り裂き、

化け物は目をくらませたように後ずさる。

影のある姿が、光の端でちらついていた。

 

希望の光は、か弱いながらも再び強まった。

光は奴にとって有害らしい。

たとえ、どんなに心もとない武器でも、

彼は暗闇に立ち向かう術を得たのだ。

 

 

「来ないでくれ!」

 

彼は叫んだ。恐怖と反抗心が入り混じった声だった。

無駄な抵抗だと分かっている。

この悪夢から逃げ切れるはずがないことも。

だが、もしかしたら。

ほんの少しの間だけ、

持ちこたえることができれば。

 

 

化け物は一瞬ためらい、

黒く、魂のない目が細くなった。

デイビッドには、

その奥底に、何かがちらりと見えた気がした。

 

しかし病院の基礎を揺るがすような、

獣じみた咆哮とともに、化け物は突進してきた。

 

デイビッドは後ずさり、壁に手をついた。

彼の懐中電灯の光は、圧倒的な闇の中で頼りなく揺れ動き、

生き物のようにうごめく、グロテスクな影を描き出していた。

 

 

化け物の姿が見えない。

だが、聞こえる。

じめじめした何かが床の上を引きずるような、

巨大な虫が、折れた翅を引きずっているような、

そんな音が聞こえる。

それは、刻一刻と近づいてくる。

 

背中が壁にぶつかる。

ひびが入った肋骨に痛みが走る。

もう逃げ場はない。隠れ家もない。

 

「マヤ?」

 

彼は絞り出すようにして言った。

彼の懇願は、冷たい沈黙に吸い込まれ、

自分の荒い息だけが耳に残った。

 

そして彼は見た。

かつてマヤだったもの。

グロテスクな化け物が、彼の前に立っていた。

 

 

かつて輝いていた彼女の顔は、

血と骨の仮面と化し、

目は生気のない二つの黒い穴になっている。

 

「隠された真実は、今ここにある」

 

彼女はしわがれた、喉をつまらせたような声で言った。

彼女が一歩近づく。

異様に長い右手が、彼を掴もうとするかのように伸びてきた。

 

「そして、これは、これが、

私たちの、役目なの」

 

彼女の口から、低い唸り声が聞こえてきた。

デイビッドは目を力いっぱい閉じた。

汚れた顔に、熱い涙が流れ落ちる。

彼は叫びたかった。懇願したかった。命乞いをしたかった。

だが彼の口から漏れたのは、かすれた、

途切れ途切れの声だけだった。

このブラックウッド精神病院を支配する、

息苦しい暗闇に、その声は吸い込まれていく。

 

彼は、冷たく湿った手が、自分の手首を掴むのを感じた。

その握力は驚くほど強かった。

目を開けると、眼前にマヤのグロテスクな笑みが広がり、

ギザギザの血まみれの歯が覗いていた。

 

 

「心配しないで、デイビッド」

 

彼女は恐ろしくしわがれた声で囁いた。

 

「あなたも、選ばれたの」

 

そして、彼が想像もしなかった怪力で、

彼女は彼を闇の中へと引きずり込んでいった。

彼の悲鳴が、病院内にこだました。