終末の小屋 第1話

俺は、Y県の外れにある小さな田舎町で暮らしている。

平日は地元の小さな製紙工場でアルバイトとして働き、職場と家を往復するだけの生活だ。

そんな俺の小さな楽しみが、週末の夜に隣町にある丘まで行き、そこで星を見ることだった。


目的地まで自転車で30分ほどかかるので、途中にぽつんと建っているコンビニで適当な飲みものを買い、丘でひとり広大な夜空を飽きるまで眺めていた。

人間が暮らす世界なんてものは本当にちっぽけなものに感じてしまう。

現実逃避には、最適な場所だった。


その日も2時間ほど星を眺めていた。来週からまた仕事だ、そろそろ帰って寝るかと思い、いつもと変わらぬ帰り道を自転車を走らせていた。

ふと気がつくと、俺は見覚えのない小屋の前に立っていた。


周りは見知らぬ真っ暗な林、目の前の廃墟といってもよいほど朽ちた小屋の窓からは、光がゆらゆらと漏れていた。

ひと一人が住むのがやっとに思える小さな小屋は、とても粗末な作りであちこちの木材が欠けたり割れたりしていた。

窓を恐る恐る覗き込む。

小屋の中にはひとの気配もせず、誰の姿も見えなかった。


窓から見える小さな部屋の中央に、家具と呼べるのか丸いテーブルだけが見えた。

黒ずみ、端が欠けたテーブルの上には、ボロボロに朽ちた本が一冊置いてあった。


ふと、何かの気配がした。

小屋の中からだろうか、床がきしむ音がする。かすかに何かの声がする。うなり声か、わめき声か、まだ距離があるためか、小さくてよく聞き取れない。


俺はとっさに、何かに連れてこられたと気づいた。

何かは分からない、神でも化け物でもどうでもいい。

俺は自転車にまたがると、小屋を背後に必死に逃げ出した。どこに向かっているのか自分でもわからない。

ただ、やみくも前へ前へと逃げていた。


街灯もない暗い山道をやみくもに自転車で走っていると、木々の向こう、遠くに見たことのある車道が見えた。

車道に出ても通りかかる車は1台もなかったが、規則的に配置された街灯の明かりが何よりも嬉しかった。

道なりに進んでいくと、いつも立ち寄るコンビニの明かりが見えた。


本当に助かった、と思った。

店内は、いつものように愛想のない店員が挨拶をしてくれ、流行っているのだろう歌や新商品の宣伝の放送が流れていた。

落ち着くために、トイレを借りて缶コーヒーを買い、駐車場で飲み夜空を仰いだ。いつもの夜空が広がっていた。


数日後、気持ちが落ち着いたのであの小屋のことを調べてみた。しかし付近に住む住人に聞いたりネットで調べても情報は無く、明るい時間帯に現地に確認しに行っても、ただ薄暗い林がどこまでも続くだけだった。


あれは何だったんだろう、疲れていて幻覚でも見たのだろうか。

早く忘れて日常に戻ろう。そう思い、あの小屋のことは忘れようと努めた。


それから数日が経ち、あの奇妙な経験のことは次第に忘れていた。もう終わったことなんだと思っていた。


しかし、これが始まりだった。