篠突く雨

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You Tubeでも、ゆっくり動画としてこのお話を朗読させています。

もし良かったら、見てみてください。


www.youtube.com

 

 

 これは、友人のYから聞いた話である。

 

 N町の駅に、聞き馴染みのない心霊スポットがあると噂されていた。

山間部の谷間に沿って、拓けた町を大きく縦断するように通るその駅の路線は、町民にとても重宝されていた。

もうすっかり車社会となってしまった現在でも、まだ免許の取れない学生を始め、足腰を悪くしてしまった高齢者など、地域の人々にとても親しまれていた。

 

 その小さな駅で、火の事故があった。

それは後に、そこで亡くなった人の幽霊が出るという怪談へと発展した。

 

 電車に揺られること一時間、目的の駅に到着した。

前日より強い雨の降りしきる夏の日に、私はYに唆されてその駅へと赴くことになったのだった。

 

 わざわざこんなお誂え向きの日を選ぶなんて、とも思ったが、Y曰く雨の日じゃないと出現しない幽霊が出るとのことだった。

「雨の日に出る幽霊は乙なものだ」とはYの談だが、酔狂とは正にこの事なのだろうと思う。

 

 噂になっていたのは合計二面三線のホームの地上駅で、降りる位置からすぐ跨線橋に登る事が出来、改札への道は都会ほど険しくも迷路でもない。

私はYと共に、バケツを引っくり返したような豪雨の中でホームへ降り立ち、何度か周りを見渡した後、一旦改札を出ようということになった。

 

 いくら酔狂な物見遊山だとしても流石にもう少し雨が弱まるのを待ったほうが良いというのが第一、第二にこのままずっと改札を出ないのも気が引けてしまったせいである。

 

 田舎町ではあるが、それでも駅前は多少の賑わいを保っていた。何店舗かあるお土産屋さんなどの隣にある喫茶店にとりあえず入ることにした。

 

 Yから詳しく話を聞いてみると、その駅で亡くなったのは当時まだ中学生だった14歳の学生だという。

 

「何でも、雨の日にホームで路線を見下ろしている姿が見えるらしいよ」

 

その見える姿が学生服のようだという。

 

霊感のある者であれば、その姿を目撃することは珍しい事ではないらしく、Yを始め地元の若い連中の間では見たと言う者も多いらしい。

だが、それも誰々の友達がだとか、先輩の誰々とか、更にその彼女や彼氏の話となる。

いわゆる、フレンドオブフレンドが噂の出どころになっていた。

 

 しばし関係ない話も交え、Yとの談笑が続いた。

話の合間にふと窓の外に目をやると、雨脚は多少弱くなってきていた。

そろそろいいだろうと言うことで、Yと共に再び改札を抜け、またホームへと向かった。

 

 先程とは違って視界は多少明瞭になり、また電車は一時間に一本しか来ないため散策の時間はあった。Yと二人でそう長くはないホームを歩き始めたが、それはすぐに見つかった。

 

 ホームには緩いY字型に出来た屋根があるのだが、風に吹かれる雨のせいで床は全て濡れている。しかし、ある一箇所だけ全く濡れていない部分があるのを発見したのだ。

 

 それは道にあるマンホールよりは小ぶりな円形で、ひと一人がかろうじて立てる領域だと思った。数メートル離れた位置から見つけたのでもう少し近くで見たい気持ちもあったが、何故かその場所は妙に近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。それはYも同じようで、二人して立ち尽くしてしまった。

 

 私に霊感と呼ばれるものはないのだが、それでもその一箇所に学生服を着た誰かが佇んでいるのであろう事は容易に想像が出来た。

 

 何故かは分からないが、気づけば私の頬には涙が伝っていた。同時に、きっと彼は自殺してしまったのだと直感した。隣のYに顔を覗かれて恥ずかしく思い、雨だと誤魔化したが、Yも泣いていたように見えた。

 

 数分後、訪れた帰りの電車に乗り込んで発車するまでの間、私は車窓からその箇所を見ていた。電車が走り出し、景色が動いていく。

その箇所を通り過ぎようとした時、ほんの一瞬だけ、俯いて佇む人影が見えた。

 

 その顔はどこか悲しく物憂げで、多分涙を流していた。と思う。

 

 到着先や乗り換えの案内のアナウンスが響く車内でYが「だから雨の日しか出ないのかな」と呟いたのが印象的だった。

 

 窓へ目線を戻すと、外は再び雨脚が強くなってきていた。

それから電車を降りるまでの間、篠突く雨が車窓をずっと叩いていた。

 

 

引用元:ホラーホリックスクール図書館より

「篠突く雨」

http://hhs.parasite.jp/hhslibrary/?p=5197