夢と楽園01

気がつくと暗闇のなかにいた。遠くから明かりが迫ってくる

電球だろうか、頭上を抜けて消えていく。

ひとつ、ふたつ。何度も何度も、明かりが通り過ぎていく。

踏切を通過した音がした。

 

電車の中に立っていた。随分と古い車両だった。

木製の壁、座席はすべて対面式の四人掛けになっている。

また、踏切を通過した音が聞こえた。

今は夜なのだろう、窓の向こうは暗く果てしなく田んぼが続いていた。

あたりを見渡しても、自分以外の人間は乗っていない。

 

多分これは夢なんだろう。不思議な夢だな。

そう考えた。

突然、遠くで悲鳴が聞こえた。男のひとの声だった。

隣の車両で何かあったのかもしれない。悲鳴がした方向に視線を向ける。

車両同士をつなぐ扉の窓には、血だろうか、赤黒い染みがべったりとついていた。

そのため隣の車両の様子がまったく見えない。

 

どうしよう、そう狼狽えていると、

唐突にアナウンスが流れた。

 

「次は、えぐり出し、えぐり出し」

 

また、遠くで悲鳴が聞こえた。

今度は、女性の金切り声だった。

間違いない、隣の車両で何かが起こっている。

しかし窓は血まみれで何も見えない。

 

しばらく沈黙が流れる。

とても次に停まる駅名とは思えない。

なんだろう、ひき肉って。嫌な想像が頭をよぎる。

 

突然、扉が開いた。

女性が隣の車両から入ってきた。紺色の制服、首に黄色いスカーフを巻いている。

飲み物や食べ物の車内販売員の女性だった。

何ごともなかったようにワゴンを押しながら、こちらに向かって歩いてきた。

 

私は助けを求めようと思い、声をかけようとして、止めた。

女性の服は黒く汚れ、焦げ茶色の染みがあちこちにできていた。

よく見るとスカーフも黒ずみ、朽ちている。

モノクロの映像を見ているように顔は真っ白く、首元から顔にかけてびっしりと血管が浮いている。

目は見開き瞳は縮瞳していた。張り付いているような笑顔のまま、こちらに向かって歩いてくる。

 

押しているワゴンには人間の手足、毛のついた頭皮、そして内蔵が入ったバケツが積んであった。

まだ湯気が昇っている。

こちらに何も声をかけず、女性はゆっくりと通り過ぎていく。

ワゴンの発する、ゴトゴトという音だけが聞こえた。



何も言わず、女性が車両を出ていった。

そのとき、またアナウンスが流れる。

 

「次は、ひき肉、ひき肉」

 

嫌な想像は、きっと当たるだろう。何者かが人を殺している。

これは殺人列車で、きっと次は自分が殺される。

これは夢だ、覚めろ、覚めろ。必死になって強く念じる。

普段はこう念じると、夢から覚めることができた。

 

また、車両の扉が開く。

汚れた銀色の台車が入ってきた。台車には古いミートミンサーが乗っている。

上の穴から肉を入れ、挽いた肉が前に空いたいくつもの穴から、にょろにょろと出てくる機械だ。

 

それを二人の小人が押していた。

大人の半分くらいの身長で、座席と同じくらいの背丈。白い服、白い覆面をかぶった小人だった。

何も喋らず、手分けして台車を押して近づいてくる。

「ウィーン」

台車の上のミートミンサーの電源が入る。

小刻みに震える機械は見るからに汚い。以前挽いた肉片が掃除されず、あちこちにこびりついていた。

 

また車両に二人の小人が入ってきた。

白い服、白い覆面。手には肉を叩くためのハンマーが握られていた。

それらが静かに、どんどん近づいてくる。

覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ。

 

「ウィーーーン」

遠くに聞こえたミートミンサーの音が、どんどん大きくなっていく。大きく重いミートハンマーを引きずる音。

覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ。

 

小人が俺の膝に手を触れた。

その膝めがけ、ハンマーを振り上げたとき。

あたりが突然明るくなり、私は自分の部屋のなかにいた。

 

あまりに夢の余韻が強烈すぎて、しばらく動くことができなかった。

息を整え、ベッドから這い出す。

 

消えゆく夢の記憶を手繰り寄せる。

目が覚める寸前、小人たちの背後、車両の扉が開いていたのに気づいた。

そこに、猿の仮面をかぶった車掌の姿が立っているのが、一瞬見えた。

 

 

リンフォン

 

 

俺は昔から、言葉を組み替えて別の単語を作る、

アナグラムが好きだった。

「ビール」と「ルビー」とか、

「ドラゴン」と「ゴンドラ」とかがアナグラムだ。

 

やってる本人は楽しいのだが、

よく彼女の前で披露しては、うざがられていた。




第一章 暗き門




先日、アンティークな小物が好きな彼女と一緒に、

いくつか骨董品店を回ったときのことだ。

 

俺は、氷凪という彼女と付き合っている。

 

氷凪は、入手したアンティーク小物や

お気に入りのスイーツの紹介記事を、

ブログに投稿するのを趣味としていた。

 

俺は俺で、古いゲームや古着などが好きなので、

よく一緒に店をまわってはお宝グッズを集めていた。

 

買うものは違っても、

そのような物が売ってる店は同じなので、

休日は予定を合わせ、

ふたり楽しんで様々な店を巡ることが多かった。

 

その日も、俺の車でいくつかお店をまわり、

お互い掘り出し物を買うことができたんだ。

 

帰り道の途中には、〇〇の森公園がある。

 

三十分ほどで一周できるほどの広さがあり、

遊歩道や小さな池が特徴の、

地方都市にはよくある公園だった。

 

運転席から、

サイドウィンドウ越しに広がる公園を横目で見る。



すると、公園沿いに立つ、
一軒の骨董品店が目に付いた。

 

公園の木々に、

半分埋もれるようにして立っている。

 

あんな店、今まであったかな。

この道は何度か通ったことがあるが、

今までまったく気づかなかった。

 

氷凪も知らなかったようで、

ちょっと寄ってみることにした。

店の横の駐車スペースに車を止める。

 

いい感じに寂れているが、

はたして営業しているのか不安になる。

 

店に近づくと、窓から明かりが見えた。

良かった、営業している。

俺と氷凪は、安心して店の扉を開けた。

 

初めて入る骨董品店は、

理由もなくテンションが上がる。

 

「こういう店に『夕闇通り探検隊』なんかが

眠ってたりするんだよね」

 

熱く語ると氷凪から、

かなり冷めた視線をプレゼントされた。

 

とりあえず、ぐるっと店内を回ってみる。

 

店内は薄暗く、

大量の古本に埋め尽くされていた。

 

その隙間を埋めるように、古いツボやら掛け軸やら、

よく分からない雑貨が詰め込まれたカゴなどが置いてある。

 

残念ながら氷凪が好きそうな小物や古着、

そして俺が目当てだったレアなゲームソフトなどは

見当たらなかった。



俺が、「もう出ようか」と言いかけた時

「あっ・・・」

唐突に氷凪が声を上げた。

 

何か見つけたのかと俺が視線を向けると、

古いシダ編み籠の前に氷凪が立っていた。

 

「これ、すごい」

 

目を輝かした氷凪は、

なにやら手に古いパズルを持っていた。

 

それは、籠の一番底に詰め込まれていた、

ソフトボールくらいの大きさの、

正二十面体のパズルだった。

 

色は全体的に黒っぽく、

いくつかの面にはアルファベットとも違う、

なにやら不思議な文字が描かれてあった。

 

今思えば、なぜ籠の一番底にあり、

外からは見えないはずの物が、

氷凪に見えたんだろう。

 

不思議な出来事は、

既にここから始まっていたのかもしれない。

 

「何これ? 有名なものなの? 」

「分かんないけど、なんかステキ。

このパズル、買っちゃおうかな」

 

アンティークモノはよく分からないけど、

雰囲気はいいと思う。

 

インテリア小物としては悪くない。

俺は「安かったら買っちゃえば」と言った。

 

氷凪がパズルを手に持って、レジに行く。

 

レジでは、丸メガネをかけた白髪頭の店主が、

古本を読みながら座っていた。

 

「すいません、これおいくらですか? 」

 

店主は古本から目線を上げ、

レジのある机に置かれたパズルを見る。

 

そのとき、俺は見逃さなかった。

 

店主が目を見開き、一瞬固まる。

そして数秒後、元の表情に戻ったんだ。

 

「あ、あぁ、これね。

えーっと、いくらだったかな。

ちょ、ちょっと待っててくれる? 」

 

そう言うと店主は、

奥の部屋に入っていった。

 

姿は見えないが、かすかに奥さんらしき人と、

何か言い争っているのが聞こえる。

 

やがて、店主が戻ってくると、

一枚の黄ばんだ紙切れを机の上に置いた。

 

「それは、いわゆる玩具の1つでね。

リンフォンって名前なんだ。

この説明書に詳しい事が書いてあるんだけど・・・」

 

店主がそう言って、

持ってきた紙をこちらに向ける。

 

紙の上部には、

掠れた文字で「RINFONE」と書いており、

隣に正二十面体が描かれていた。

 

その下に、三つの動物の絵が見える。

 

多分、リンフォンが

「熊」→「鷹」→「魚」

と変形する経緯を絵で説明していたんだと思う。

 

「 Lasciate ogne speranza, voi ch’intrate 」

紙の下側には、わけの分からない言語が書かれてあった。

 

たしかラテン語だったかイタリア語だったかと、

店主が言っていたと思う。

文字の意味は、分からないらしい。

 

「この紙に書いてあるとおり、

色んな動物に形が変わるんだよ。

まず、リンフォンを両手で包み込んで、

おにぎりを握るように捻ってごらん」

 

氷凪は言われるがままに、

リンフォンを両手で包み、そっと捻る。

 

すると、「カチッ」と言う音がして、

一つの面が盛り上がったんだ。

 

 「あ、形が変わった」

 

「その出っ張りを回したり、押したりしてごらん」

 

店主に言われるとおりにすると、

今度は別の一面が引っ込んだ。

 

「すごい! パズルみたいなものなんですね」

 

氷凪はリンフォンに興味深々だった。

隣で見ていた俺でさえ、目が釘付けになったほどだ。

 

しばらくリンフォンをいじっていた氷凪が、

おそるおそる値段を聞く。

 

「それねぇ、結構古いものなんだよね。

でも、私も置いてあることすら忘れてた物だし・・・」

 

店主が、何もない空間を見つめる。

 

「よし、特別に六千円でどうだろう?

貴重なものだから、好きな人は十万円でも買うと思うよ」

 

氷凪は即決し、
千円札を六枚、財布から取り出した。




次の日は月曜日、お互い仕事がある。

その後は一緒にファミリーレストランで夕飯を食べ、

解散となった。

 

寝る前に彼女のブログを覗いてみると、

さっそくリンフォンの画像がアップされていた。

 

そのリンフォンからは、熊の頭部のようなものが

飛び出しているのが見える。

ハマっているなと笑い、いいねをしておいた。




第二章 色欲の石棺




次の日、仕事帰りの運転中にケータイを覗くと、

氷凪からメールが届いていた。

 

「ユウくん(俺の名前だ)、

あれ凄いよ、リンフォン」

 

「昨日は朝までやって、やっと熊になったんだ。

ほんとパズルって感じで、どんどん形が変わっていくの」

 

「リンフォンが止められない。

今日はそればっかり考えちゃって、

全然仕事が手につかなかったよ。

仕事が終わったら、うちまで見にきてよ」

 

彼女は、どちらかというとあっさりした性格で、

自分からうちに来てよなんて、まず言わない。

 

そんな性格なので、慣れるまでは怒っているのかなと

心配になるほどだった。

 

どれだけ嬉しいんだよ。

俺は苦笑しながら、

車の進路を氷凪の住むアパートへと向けた。

 

「なぁ、徹夜したって言ってたけど、仕事には行った? 」

着くなり俺がそう聞くと、

 

「ちゃんと行ったよ。

眠気覚ましにコーヒー飲み過ぎて、

ちょっと気持ち悪くなったけど」

 

笑う彼女の目元には、薄っすらクマができていた。

 

部屋の中央にあるテーブルに目を向けると、

熊の形になったリンフォンが置いてあった。

 

四つ足で立ち、大きく首を上げているように見える。

パズルから変形して出来たとは思えないほど完成度が高い。

 

それを見て、なんとなく北海道土産でよく見かける、

木彫りのヒグマの置物を思い出した。

 

「おお、ほんとに熊になってる、凄いねこれ」

 

「凄いでしょう、やりだすとほんとハマるんだよ」

 

氷凪がテーブルに、

ミルクティーの入ったティーカップを二つ置きながら、

嬉しそうにしゃべる。

 

「次は鷹になるはずなんだよね。

早速やろうかなと思って」

 

「おいおい、昨日は徹夜だったんだろ。

流石に今日は止めとけよ、明日でいいじゃん」

 

「それもそうか」

 

残念そうな顔をしたが、すぐ笑顔になり、

ふたりでご飯を食べた。

 

その後は、二人だけの時間を満喫したあと、

明日も仕事があるということで泊まることもなく、

俺は自分の住むアパートに帰ることにした。

 

道中、街路樹がしなるほど風が強く吹き、

何度も車のハンドルを取られてしまった。




第三章 貪食者の洞窟




氷凪は毎日、自分のブログに新しく買ったアンティーク小物、

お気に入りのスイーツの画像なんかを投稿している。

 

毎日といっても一件程度だし、

スイーツは仕事帰りにコンビニで買った、

お菓子やらプリン程度のものだ。

 

仕事の昼休みにブログを覗くと、

昨日はロールケーキの画像を投稿していた。

 

ショートケーキ風なのか、上にクリームが乗っている。

とりあえず、いいねを押しておく。

 

夕方、また画像を投稿していた。

今度はポテトチップス、大きな袋の方だ。

 

簡単な食レポと、

次に食べたいもののコメントが添えられていた。

 

二つも投稿があるのか、珍しい。

あいつ、今日は仕事を休んだのかな。

とりあえず、いいねを押しておく。

 

仕事の帰り道、ケータイを覗く。

今度は、ブログにリンフォンの

画像が投稿されていた。

 

お、鷹ができたんだな。

そう思い、画像を拡大してみる。

 

太く曲がったクチバシ、扇状に広がった尾。

羽を広げ、今にも飛んでいきそうな鷹がそこにいた。

素人の俺から見ても精巧な造りだった。

 

「ブログ見たよ、ホントに鷹みたいだね。

後は魚だっけ、でも夢中になりすぎるなよ、

今日は会社休んだろ」

メールを送ると、すぐに返信がきた。

 

「なんか疲れちゃって、ずる休みしちゃった。

明日はちゃんと行くよ。

なんかお腹すいちゃったからコンビニ行ってくる」

 

そのときは、とくに大事ではないかと思い、

気にしないで帰ることにした。




自宅の駐車場に車を止める。

車から降りる前に、

どこか胸騒ぎを感じた俺は、またケータイを覗いた。

 

ブログには、新着の記事が五件もあった。

 

プリン、パスタ、うどん、お弁当・・・。

異常な量の食べ物の画像をアップしている。

 

これ、全部食ったのかよ。

さすがにおかしい。

 

慌てて登録してある番号に電話した。

数コール鳴ったあと、氷凪が出る。

 

大丈夫かと聞こうとしたが、声が出せなかった。

電話の向こうで、氷凪が泣いていた。

 

「やめれないの。

食べても食べてもお腹がすいて、

食べるのをやめられないんだよ」

 

どうやら朝から、

食べて吐いてを繰り返していたらしい。

 

そんな状態でブログに投稿していたのは、

何もなかった頃の日常に、

すがりつきたいための行動なんだろうか。

 

よく聞くと、声が枯れている。

吐きすぎて胃液で喉がやられているのかもしれない。

 

「それじゃあ、

これからリンフォンの続きをやらないと」

 

氷凪が電話を切ろうとする。

 

「ちょっと待って」

自分でも驚くくらい大きな声を出してしまった。

しばらく沈黙が流れる。

 

俺は大きく息を吸って、

気持ちを落ちつかせる。

 

「ちょっと待ってろ、今いくから」

車のエンジンをかけた。

 

少しの沈黙のあと、氷凪が喋る。

 

「ユウくん、明日は出張でしょ、

出張が終わったら、うちに来てよ。

私は大丈夫だから、今日は早く寝て」

 

大丈夫な訳なかった。

ただ情けないことに、

俺は何をしたらいいか分からなかった。

 

車を飛ばして彼女の部屋に行って、

それで、なんて声をかけてやったらいい。

 

「・・・わかった」

情けないのは分かっていたが、

俺は車のエンジンを切った。




第四章 煮えたぎる川



次の日、隣県の県庁所在地。

その駅前にあるビジネスホテルに俺はいた。

 

出張での業務を終え、

先程ホテルに帰ってきたところだった。

 

荷物を片付け、風呂に入る。

仕事中は、極力考えないようにしていたが、

やはり一人になると、昨日のことを思い出してしまう。

 

氷凪のこと。

そして、リンフォンのこと。

 

風呂から上がり電話しようかと思ったとき、

ちょうどケータイが鳴った。

 

画面をみると、氷凪からだった。

 

「ユウくん、さっき電話した? 」

 

ピリッとした緊張が走る。

 

昨日の弱々しかった雰囲気とはまったく違った、

早口で、少し怒ったような声が聞こえた。

 

「一時間くらい前から、三十秒間隔くらいで、

ずっと電話がかかってくるの」

 

「それで着信をみたら「彼方」って出てて。

こんなの登録もしてないのに、気持ち悪くて」

 

矢継ぎ早に氷凪が喋る。

よほど興奮しているみたいだ。

 

「怖いんで放置してたんだけど、

しつこいから一回出てみたのね」

 

「そしたら遠くで何か、

大勢の話し声みたいなのが聞こえて、すぐ切れた」

 

「ねえ、電話したでしょ、本当のこと言って」

 

「いや、してないって、風呂入ってたし。

混線してんのかなあ」

 

「なんでそんな嘘つくの!

なんか隠してるんでしょ」

 

氷凪が怒りで声を張り上げる。

 

昨日は弱々しく、かすれた声だったのが信じられない。

まるで別人の声だった。

 

そして、

彼女のこんな声は聞いたことがなかった。

 

明らかに様子がおかしい。

正直、どう声をかけてやったらいいか分からず狼狽えていたら、

彼女が突然泣き出した。

 

「分かんないよ!

朝から何やっても、何見ても頭にくるんだよ」

 

「仕事に行こうと思っても、すれ違うひと全員睨んでくるし。

あたし、なんかやった? 」

 

明らかに様子がおかしかった。

 

たまに不機嫌になることはあったとしても、

ここまで情緒不安定になるのは初めてだ。

 

「明日、必ずそっちに行くから」

 

なんとかなだめて、俺は電話を切った。

 

氷凪はこの後、

ケータイの電源を切って寝るそうだ。

 

一昨日まで明るくリンフォンの話をしていたことが、

どこか、とても昔の思い出のように感じてしまった。




第五章 屍たちの森




次の日。

昨日の夜から降り続いている雨は、

朝になっても、まだ止む気配がない。

 

出張から帰った俺は、

まっすぐ氷凪の住むアパートに向かった。

 

駐車場に車を止め、

濡れるのも構わず玄関に向かう。

 

玄関の窓ガラスが明るい。

部屋の明かりはついているようだ。

 

氷凪、待っていてくれ。

合鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。

かじかむ手がもどかしい。

 

部屋の中を想像する。

玄関をくぐり廊下を通る、そして部屋に入る。

温かい部屋、可愛いカーテン、心休まるミルクティー

そして、いつもどおり氷凪が笑っているはずだ。

 

玄関のドアを、開ける。

 

 

室内は、誰の気配もしなかった。

 

靴を脱ぎ、廊下に上がる。

すぐ右に、お風呂場へ続く曇りガラスがある。

 

胸騒ぎがして、

その扉をそっと開けた。

 

そこで、氷凪が首を吊っていた。



あれだな、

意外と人間ってああいうとき冷静になれるんだな。

 

俺、ロボットになったんじゃないかってくらい

冷静に行動できた。

 

風呂場のシャワーヘッドかけの低い方、

そこにビニール紐をかけて、

座った状態で首を吊っていた。

 

手を触れると、

体はまだ暖かかった。

 

首にからまったビニール紐を切り、

優しくベッドに寝かせると衣服を緩める。

 

呼吸は止まっている、

胸骨圧迫をしなければ。

ああ、その前に消防に電話か。

 

なんだか現実感が無かったと思う。

ただ、体は勝手に動いていた。

 

救急車が到着する間、

ずっと胸骨圧迫をしていた。

 

視界の端に、

テーブルの上のリンフォンが目に入る。

 

昨日までの鷹の姿ではなく、

ほぼ魚の形をしていた。

 

ただ、魚と聞いて連想する、

よくある流線型のシルエットでは無い。

 

まるで蛙のような顔をした、

ずんぐりとした不気味な造形の魚だった。

 

魚としては、まだ未完成なようで、

あとは背びれや尾びれを付け足すと完成、

という風に見えた。

 

(サイレン)

 

遠くからサイレンが聞こえる。

 

玄関の窓ガラスが赤く照らされ、

救急車が到着した。

 

部屋に入ってきた救急隊員が、

氷凪を担架で運び出す。

俺は、ただその様子を眺めていただけだった。

 

一緒に救急車にのって病院に行く。

 

それから、どれくらい時間が経ったんだろう。

正直、時間の間隔が無くなっていたと思う。

 

病院のICUで、氷凪は意識を取りもどした。

意識を取り戻した彼女の顔は、

やつれて土気色をしていた。

 

処置が落ち着き、一般病棟へと移る。

ベッドの上に寝ている氷凪は、

俺に気づくと弱々しく口を開いた。

 

「お昼にパン食べていて、

明日は仕事に行かなきゃなって考えていたの」

 

「そうしたらケータイが鳴って、

最初は出る気がなかったんだけど、

職場からだとまずいんで出たの」

 

「それで、通話押してみると、

『出して! 』『出して! 』って

大勢の男女の声が聞こえて、

そこで切れた」

 

「その後、部屋中が地震みたいに揺れたかと思ったら・・・、

私、ここに寝かされていた」

 

氷凪は、目に涙を浮かべていた。

 

色を失った唇が、震えている。

か細い手が、俺の手首を掴んだ。

 

「お願い、ケータイを解約してきて」

 

自分のケータイが怖くてたまらないらしい。

あんなことがあったんだ、無理もないと思う。

 

「分かった。

明日ケータイショップに行ってくるよ」

 

宥めるようにそう言うと、氷凪は安心したようだった。

「ありがとう」(ここはひまりのまま)

そういって、そのまま眠ってしまった。

 

その後、俺は起こさないように静かに病室を出ると、

着替えやら小物を取りに行くため、氷凪の部屋に移動した。

 

しばらく入院しても大丈夫なように、

下着や簡単な化粧品類を、

分かる範囲でカバンに詰め込む。

 

魚の形をした未完成のリンフォンは、

ひっそりとテーブルの上に放置されていた。

 

正直触りたくなかったが、バスタオルに包み、

そのまま押入れのなかに放りこむ。

 

荷物をもって、また病院に向かう。

車内では、ラジオをつける気にもなれず、

エンジン音とロードノイズだけを聞いていた。



果てしなく続く、真っ黒な海面、極寒の大地。

人間は、けして生きてはいけない氷の世界。

 

光も届かぬほど深い海を、ゆうゆうを泳ぐ巨大魚。

大理石のような色の皮膚、蛙のような顔。

 

そんな絶望的な光景が、頭に浮かんだ。




氷凪の入院している病室に、

小さなテーブルがある。

そこに小物が入ったカバンを置いておいた。

 

今日は病院に泊まろうと思っていたが、

看護師に断られてしまった。

俺は渋々、自分の部屋に戻る。

 

その夜、自分の部屋で寝ていると、

恐ろしい夢を見た。



暗い谷底から、大勢の裸の男女が這い登ってくる。

俺は必死に崖を登って逃げた。

 

あと少し、あと少しで頂上だ、助かる。

頂上に手をかけたその時、

女に足を捕まれた。

 

振りほどこうと、足を見る。

両目が落ち窪んだ女が、絶叫する。

 

「連  れ  て  っ  て  よ  ぉ  !  !  」



汗だくで目が覚めた。

あの声が頭に残り、何度も反芻してしまう。

時計を見ると、まだ午前六時過ぎだった。

 

目をつむると、またあの両目が落ち窪んだ女の顔が蘇る。

その後ろを、無数の亡者が這い登ってくる。

 

とても、再び眠れそうにはない。

布団の中で思いを馳せる。

 

氷凪との出会い、ふたりの思い出、

あのとき立ち寄った骨董品店、

店主のお爺さん、リンフォンを見たときの表情、

そして、リンフォン。

 

リンフォンって、一体何なんだろうな

そんなことをぼんやりと考えていた。




第六章 凪いだ草原




外の喧騒で目が覚めた。

 

いつの間にか寝ていたようだ。

重く沈んだ足を引きずり、

玄関から外に出てみる。

 

空を見上げ風を感じ、

思いっきり空気を吸った。

 

頭のなかに渦巻いていた重い気持ちが、

いくぶん楽になった気がする。

 

一息ついてから、氷凪のケータイを解約するため、

近所のケータイショップに向かった。

 

日曜日ということで、店はそれなりに混んでいた。

整理券をもらい、しばらく待つ。

 

店内には、

順番を待っている客でごった返している。

 

若い夫婦、幼い子供。

 

俺も氷凪といつか結婚して、

あんな風に家族として暮らせるんだろうか。

 

そんなことを、ぼんやりと考えていた。

 

ふと、リンフォンを買ったあの店が頭をよぎる。

店内の喧騒が、遠くに消えた。

 

リンフォンを買ってから

氷凪が、どんどんおかしくなってしまった。

 

あの店主に問い詰めたほうがいいんだろうか。

俺は見逃さなかった。

 

リンフォンを目にし、目を見開き、戸惑っていた。

あの挙動、明らかにおかしかった。

 

また、あの店に行かなければ。

あの店がまだあれば、だが。

 

ようやく受付番号を呼ばれ、

若い男性の店員に事情を話す。

 

委任状や本人確認書、氷凪の免許証などを提出し、

代理人として手続きを終えた。

 

これで、氷凪のケータイの件は片付いた。

謎の着信に悩まされることは無くなるだろう。

 

とりあえず、一息つこう。

 

近くの公園のベンチに座り、

自販機で買ったコーヒーを飲む。

 

久しぶりに、静かな時間が流れた。




唐突に、ポケットの中のケータイが鳴る。

 

氷凪からだった。

 

慌てて出ると、

今から退院して部屋に帰るとのこと。

 

医者からは、

三日ほど検査入院を勧められたが断ったらしい。

 

俺は車を飛ばし、病院に向かった。

 

病室の中は慌ただしかった。

氷凪は荷物をまとめ、着替えも終わっている。

 

看護師から向けられる、

不信感をもった眼差しが辛い。

 

一階の受付で手続きを済ませると、

そのまま車に乗り、氷凪の部屋まで戻った。




部屋の中では、何を話したらいいか分からなかった。

多分、氷凪もだったんだと思う。



俺はケータイを眺め、氷凪は雑誌を読んでいた。

しばらく、無言の時間が流れた。

 

「ねえ、これ見て」

 

唐突に、見開いた雑誌を俺に差し出す。

 

毎月愛読している雑誌、

その占いのページだった。

 

「このページを担当してる

『猫おばさん』ってひとがいるんだけど、

すごく良く当たる占い師なの」

 

「毎月、この占いを楽しみにしてるんだ。

ねえ、この人の店に行ってみない? 」

 

一瞬、何を言っているのか信じられなかったが、

ふざけている雰囲気ではなかった。

 

俺は、あの骨董品店か、

それかいっそ寺か神社に駆け込もうと思っていたが、

とりあえず、氷凪の気持ちを優先することにした。

 

「猫おばさん」は、自宅に何匹も猫を飼っていて、

本来は自宅で占いをするのだそうだ。

 

その占いはかなり当たるらしく、

業界ではちょっとした有名人らしい。

 

雑誌を受け取ると、

猫おばさんの連絡先を調べる。

 

ケータイで連絡を取ると、

「明日の昼なら開いている」

とのことだった。

 

氷凪は喜んでいた。

ただ、その顔は覇気がなく、

無理をしているのが俺でも分かった。




第七章 猫と占い師




次の日の昼過ぎ。

俺たちは約束の時間に間に合うように部屋を出る。

 

日曜なので、それなりに道は混んでいたが、

約束の時間までにはたどり着くことができた。

 

占い師「猫おばさん」の住む家の前に、

氷凪とふたりで立つ。

 

いかにもな仰々しい建物を想像していたが、

実際にはどこにでもある、ありふれた一軒家だった。

 

看板も無いため、

知らなければ決してここが「占いの館」

だとは分からないはずだ。

 

玄関ドアにつけられた

インターホンのボタンを押す。

 

(ピンポーン)

 

「はい」

「予約した〇〇ですが」

「お待ちしていました、どうぞ」

「失礼します」

 

玄関ドアを開けると、廊下に沢山の猫がいた。

 

座ったり壁にもたれかかったりして、

寛いでいたのだろう。

 

その猫たちは俺たちを見ると、

カーッと威嚇をし、

毛を逆立てて廊下の奥へ逃げていった。

 

恐る恐る廊下を進むと、

突き当りの部屋に、猫おばさんがいた。

 

猫おばさんは真剣な表情をし、

するどい目つきで、こちらをじっと見つめている。

 

彼女は、部屋の中で沢山の猫に囲まれていた。

 

挨拶をしようと近づいた瞬間、

猫たちが一斉に「ギャーォ!」と激しい声で威嚇し、

散り散りに逃げていった。

 

氷凪と困ったように顔を見合わせていると、

 

「・・・すみませんが、帰って下さい」

 

きっぱりと、猫おばさんが言った。



ちょっとムッとした俺は、どういうことか聞いたんだ。

猫おばさんが答える。

 

「私がね、猫をたくさん飼ってるのは、

良くないものに敏感に反応するからです」

 

「猫たちがね、占って良い人と悪い人を

選り分けてくれてるんですよ」

 

ため息をつき、一呼吸おく。

 

「こんな反応をしたのは始めてです」

 

俺はすがる思いで、リンフォンのこと、

氷凪に起きたこと、俺の見た悪夢を猫おばさんに話した。

 

「彼女さんの後ろには、禍々しい動物の影が見えます。

今すぐ捨てなさい」

 

慎重に、ゆっくりとおばさんが答えた。

それがどうかしたのか、と聞くと、

 

「お願いですから帰って下さい。

それ以上は言いたくもないし見たくもありません」

 

硬い表情でこちらを睨む。

 

隣の氷凪も、顔が蒼白になってきている。

俺が執拗に食い下がり、

 

「あれは何なんですか? 呪われてるとか、

よくアンティークにありがちなヤツですか? 」

 

おばさんが答えるまで、何度も何度も聞き続けた。

 

耐えきれなくなったおばさんは、大声でまくしあげた。



 「あれは、凝縮された極小サイズの地獄です!!

地獄の門です、捨てなさい!!帰りなさい!! 」




そのまま外に追い出されると、

俺たちは氷凪の部屋に戻った。





俺はすぐさま、押入れの中のリンフォンを取り出すと、

黄ばんだ説明書と一緒にダンボールに詰め込み、

ガムテープで厳重に梱包した。

 

氷凪は部屋に着くなり疲れたといって、

ベッドで横になっている。

 

俺は起こさないように、

玄関で市役所に電話をした。

 

ごみの自己搬入の予約をとるためだ。

すると、指定されたごみ処理工場なら、

今から持ち込んでも大丈夫とのことだった。

 

俺は書き置きを残すと、

リンフォンが入ったダンボールを、車の後部座席に投げ込む。

そのまま、ごみ処理施設に向かって車を走らせた。

 

ごみ処理工場は、

車で1時間くらいの場所にあった。

 

身元確認や中身の確認を終えると、

俺は職員にダンボールを手渡し、外に出る。

 

これで、終わったんだ。

 

今までの出来事を考えると、

あっけないくらいの幕切れだった。

 

どこか、拍子抜けしてしまう。

その後、あてもなく車を走らせた。



 



普段通らない道を選んで走っていったら、

県境の海沿いの国道にたどり着いた。

 

国道の左側には、果てしなく太平洋が広がる。

その手前を、ひとのいない砂浜が延々と続いていた。

 

いつかふたりでキャンプをしたいなと、

氷凪と話したのを思い出す。

 

時間を忘れ、運転を続けた。

リンフォンのことが頭をよぎった。

 

あの説明書を読んだとき、

思ったことがある。

 

あれの綴りは「RINFONE」と書く。

 

アナグラムで組み替えると、「インフェルノ」になるんだ。

 

INFERNO

 

インフェルノ

つまりダンテの神曲にでてくる「地獄」のことだ。

 

さらにいうと、「FOR NINE」とも組み替えられる。

 

「九」という数字が気になった。

そういや、神曲の地獄は九階層あったはずだ。

 

最下層はコキュートス、氷の世界だ。

 

ひとが寄り付かぬ南極の海、絶望の光景。

あの気味の悪い巨大魚の姿が、頭をよぎる。

 

地獄を表す言葉、その地獄の階層の数、

それらを並び替えた言葉が、リンフォンだった。

 

あの占い師は、凝縮された極小サイズの地獄と言った。

地獄の門だとも言った。

 

あとで氷凪に、このことを話したら、

こんなことをつぶやいた。

 

「あの魚が完成してたら、一体どうなってたんだろうね・・・」

 

俺は、何も答えることができなかった。

リンフォン・草稿

サムネ




 

俺は昔から、言葉を組み替えて別の単語を作る、

アナグラムが好きだった。

「ビール」と「ルビー」とか、

「ドラゴン」と「ゴンドラ」とかがアナグラムだ。

 

やってる本人は楽しいのだが、

よく彼女の前で披露しては、うざがられていた。



 

第一章 暗き門



 

先日、アンティーク好きな彼女とドライブがてら、

骨董店やリサイクルショップを回ったときのことだ。

 

俺は、A美という彼女と付き合っている。

A美は、入手したアンティーク小物や

お気に入りのスイーツの紹介記事を、

ブログに投稿するのを趣味としている。

 

俺は俺で、レトロゲームや古着なども好きなので、

よく一緒に店をまわってはお宝グッズを集めていた。

 

買うものは違っても、

そのような物が売ってる店は同じなので、

休日は予定を合わせ、

ふたりで楽しんで様々な店を巡ることが多かった。

 

その日もいくつかお店をまわり、

お互い掘り出し物を買うことができたんだ。

 

帰り道の途中には、〇〇の森公園がある。

三十分ほどで一周できるほどの広さがあり、

遊歩道や小さな池が特徴の、

地方都市にはよくある公園だった。

 

運転中、サイドウィンドウ越しに広がる公園を横目で見る。

すると公園沿いの、一軒のアンティークショップが目に付いた。

公園の木々に半分埋もれるようにして立っている。

 

あんな店、今まであったかな。

この道は何度か通ったことがあるが、

今までまったく気づかなかった。

A美も知らなかったようで、

ちょっと寄ってみることにした。

店の横の駐車スペースに車を止める。

 

いい感じに寂れているが、

はたして営業しているのか不安になる。

店に近づくと、窓から明かりが見えた。

良かった、営業している。

俺とA美は、安心して店の扉を開けた。

 

初めて入るアンティークショップは、

理由もなくテンションが上がる。

「こういう店に『夕闇通り探検隊』なんかが

眠ってたりするんだよね」

熱く語るとA美から、

かなり冷めた視線をプレゼントされた。

 

その店は古本がメインで、

A美のお目当ての小物や古着、

そして俺が目当てだったレアなゲームソフトなどは

まったく置いていなかった。

とりあえず、ぐるっと店内を回ってみる。

 

狭い店内を一周して、

俺がもう出ようか、と言いかけた時、

「あっ・・・」

唐突にA美が声を上げた。

 

何か見つけたのかと俺が視線を向けると、

とあるバスケットケースの前にA美が立っていた。

 

何か掘り出し物あったのかと覗き込むと、

「これ、凄い」

目を輝かしたA美は、

なにやら手に古いパズルを持っていた。

 

 

それは、バスケットケースの

一番底に詰め込まれていた、

ソフトボールくらいの大きさの、

正二十面体のパズルだった。

 

色は全体的に黒っぽく、

いくつかの面にはアルファベットとも違う、

なにやら不思議な文字が描かれてあった。

 

今思えば、なぜバスケットケースの一番底にあり、

外からは見えないはずの物がA美に見えたんだろう。

不思議な出来事は、

既にここから始まっていたのかもしれない。

 

「何これ? 有名なものなの? 」

「分かんないけど、なんかステキ。

このパズル、買っちゃおうかな」

 

アンティークモノはよく分からないけど、

雰囲気はいいと思う。

インテリア小物としては悪くない。

俺は安かったら買っちゃえば、と言った。

 

A美がパズルを手に持って、レジに行く。

レジでは、丸メガネをかけた白髪頭のお爺さんが、

古本を読みながら座っていた。

 

「すいません、これおいくらですか? 」

 

お爺さんは古本から目線を上げ、

レジのある机に置かれたパズルを見る。

そのとき、俺は見逃さなかった。

店主のお爺さんが目を見開き、一瞬固まる。

そして数秒後、元の表情に戻ったんだ。

 

「あ、あぁ、これね。

えーっと、いくらだったかな。

ちょ、ちょっと待っててくれる? 」

そう言うとお爺さんは、奥の部屋に入っていった。

 

姿は見えないが、奥でお爺さんが、

奥さんらしき人と何か言い争っているのが聞こえる。

やがて、お爺さんが戻ってくると、

一枚の黄ばんだ紙切れを机の上に置いた。

 

「それは、いわゆる玩具の1つでね。

リンフォンって名前なんだ。

この説明書に詳しい事が書いてあるんだけど・・・」

 

お爺さんがそう言って、持ってきた紙をこちらに向ける。

 

紙の上部には、

掠れた文字で「RINFONE」と書いており、

隣に正二十面体が描かれていた。

その下に、三つの動物の絵が見える。

多分、リンフォンが

 

「熊」→「鷹」→「魚」

 

と変形する経緯を絵で説明していたんだと思う。

 

「 Lasciate ogne speranza, voi ch’intrate 」

 

紙の下側には、わけの分からない言語が書かれてあった。

 

たしかラテン語だったかイタリア語だったかと、

お爺さんが言っていたと思う。

文字の意味は、分からないらしい。

 

「この紙に書いてあるとおり、

色んな動物に形が変わるんだよ。

まず、リンフォンを両手で包み込んで、

おにぎりを握るように捻ってごらん」

 

A美は言われるがままに、

リンフォンを両手で包み、そっと捻る。

すると、「カチッ」と言う音がして、

一つの面が盛り上がったんだ。

 

 「あ、形が変わった」

 

「その出っ張りを回したり、押したりしてごらん」

 

お爺さんに言われるとおりにすると、

今度は別の一面が引っ込んだ。

 

「すごい! パズルみたいなものなんですね」

 

A美はリンフォンに興味深々だった。

隣で見ていた俺でさえ、目が釘付けになったほどだ。

 

しばらくリンフォンをいじっていたA美が、

おそるおそる値段を聞く。

 

「それねぇ、結構古いものなんだよね。

でも、私も置いてあることすら忘れてた物だし・・・」

お爺さんが、何もない空間を見つめる。

 

「よし、特別に六千円でどうだろう?

貴重なものだから、好きな人は一万円でも買うと思うよ」

 

A美は即決し、千円札を六枚、財布から取り出した。

 

それからA美は嬉しそうにリンフォンを抱えて車に乗り込んだ。

次の日は月曜日、お互い仕事がある。

その後は一緒にファミリーレストランで夕飯を食べ、A美を家に送った。

 

寝る前にA美のブログを覗いてみる。

さっそくリンフォンの画像がアップされていた。

 

写っていたのは、リンフォンを握っているA美の左手。

そのリンフォンからは、熊の頭部のようなものが

飛び出しているのが見える。

ハマっているなと笑い、いいねをしておいた。




第二章 色欲の石棺




次の日、仕事帰りの運転中にケータイを覗くと、

A美からメールが二件届いていた。

 

「ユウくん(俺の名前だ)、あれ凄いよ、リンフォン。

昨日は朝までやって、やっと熊になったんだ。

ほんとパズルって感じで、どんどん形が変わっていくの」

 

「リンフォンが止められない。

今日はそればっかり考えちゃって、

全然仕事が手につかなかったよ。

仕事が終わったら、うちまで見にきてよ」

 

そんな内容だった。

A美は、どちらかというとあっさりした性格で、

自分からうちに来てよなんて、まず言わない。

そんな性格なので、慣れるまでは怒っているのかなと

心配になるほどだった。

 

どれだけ嬉しいんだよ。

俺は苦笑しながら、

車の進路をA美の住むアパートへと向けた。

 

「なぁ、徹夜したって言ってたけど、仕事には行った? 」

着くなり俺がそう聞くと、

 

「ちゃんと行ったよ。

眠気覚ましにコーヒー飲み過ぎて、

ちょっと気持ち悪くなったけど」

 

笑うA美の目元には、薄っすらクマができていた。

 

部屋の中央にあるテーブルに目を向けると、

熊の形になったリンフォンが置いてあった。

 

四つ足で立ち、大きく首を上げているように見える。

パズルから変形して出来たとは思えないほど、完成度が高い。

それを見て、なんとなく北海道土産でよく見かける、

木彫りのヒグマの置物を思い出した。

 

「おお、ほんとに熊になってる、凄いねこれ」

「凄いでしょう、やりだすとほんとハマるんだよ」

 

A美が、ミルクティーの入ったティーカップを二つ置きながら、

嬉しそうにしゃべる。

 

「次は、この熊から鷹になるはずなんだよね。

早速やろうかなと思って」

 

「おいおい、昨日は徹夜だったんだろ、流石に今日は止めとけよ。

明日でいいじゃん」

 

「それもそうか」

 

A美は残念そうな顔をしたが、すぐ笑顔になり、

ふたりでご飯を食べた。

 

その後は、ダラダラと一緒にテレビを見た後、

明日も仕事があるということで泊まることもなく、

俺は自分の住むアパートに帰ることにした。

 

道中、歩くのもつらいほど風が強く吹き、

何度も車のハンドルを取られてしまった。




第三章 貪食者の洞窟




A美は毎日、自分のブログに新しく買ったアンティーク小物、

お気に入りのスイーツの画像なんかを投稿している。

 

毎日といっても、一件程度だし、

スイーツは、仕事帰りに買ったコンビニのお菓子やらプリン程度のものだ。

 

仕事の昼休みにブログを覗くと、

昨日はカップケーキの画像を投稿していた。

ショートケーキ風なのか、上にクリームが乗っている。

とりあえず、いいねを押しておく。

 

夕方、また画像を投稿していた。

今度はポテトチップス、大きな袋の方だ。

簡単な食レポと、次に食べたいもののコメントが添えられていた。

今日は二つも投稿があるのか、珍しい。

あいつ、今日は仕事を休んだのかな。

とりあえず、いいねを押しておく。

 

仕事の帰り道、ケータイを覗く。

今度は、ブログにリンフォンの画像が投稿されていた。

お、鷹ができたんだな。

そう思い、画像を拡大してみる。

 

少し太くて曲がったクチバシ、扇状に広がった尾。

羽を広げ、今にも飛んでいきそうな鷹がそこにいた。

素人の俺から見ても精巧な造りだった。

 

「ブログ見たよ、ホントに鷹みたいだね。

後は魚だっけ、でも夢中になりすぎるなよ、

今日は会社休んだろ」

とメールを送ると、すぐに返信がきた。

 

「なんか疲れちゃって、ずる休みしちゃった。

明日はちゃんと行くよ。

なんかお腹すいちゃったからコンビニ行ってくる」

 

そのときは、とくに大事ではないかと思い、

そのまま自宅まで車を走らせた。



自宅の駐車場に車を止める。

車から降りる前に、

どこか胸騒ぎを感じた俺は、またケータイを覗いた。

A美のブログには、新着の記事が五件もあった。

 

プリン、パスタ、うどん、お弁当・・・。

異常な量の食べ物の画像をアップしている。

これ、全部食ったのかよ。

さすがに、これはおかしい。

 

慌てて、登録してある番号に電話した。

数コール鳴ったあと、A美が出る。

大丈夫かと聞こうとしたが、声が出せなかった。

電話の向こうでA美が、泣いていた。

 

「やめれないの。

食べても食べてもお腹がすいて、

食べるのをやめられないんだよ」

 

どうやら朝から、食べて吐いてを繰り返していたらしい。

そんな状態でブログに投稿していたのは、

何もなかった頃の日常に、

すがりつきたいがための行動なんだろうか。

 

よく聞くと声が枯れている。

吐きすぎて、胃液で喉がやられているのかもしれない。

 

「それじゃあ、

これからリンフォンの続きをやらないと」

A美が電話を切ろうとする。

 

「ちょっと待って」

自分でも驚くくらい大きな声を出してしまった。

A美は、何も言わない。

俺は大きく息を吸って、気持ちを落ちつかせる。

「ちょっと待ってろ、今いくから」

車のエンジンをかけた。

 

少しの沈黙のあと、A美が喋る。

「ユウくん、明日から出張でしょ、

その帰りにうちに来てよ。

私は大丈夫だから、今日は早く寝て」

 

大丈夫な訳なかった。

ただ情けないことに、

俺は何をしたらいいか分からなかった。

車を飛ばしてA美の部屋に行って、

それで、なんて声をかけてやったらいい。

 

「・・・わかった」

情けないのはわかっていたが、

俺は車のエンジンを切った。



 

第四章 煮えたぎる川




隣県の県庁所在地、その駅前にあるビジネスホテルに俺はいた。

出張での業務を終え、先程ホテルに帰ってきたところだった。

 

荷物を片付け、風呂に入る。

仕事中は、極力考えないようにしていたが、

やはりひとりになると、昨日のことを思い出してしまう。

 

A美のこと。

そしてリンフォンのこと。

 

風呂から上がり、A美に電話しようかと思ったとき、

ちょうどケータイが鳴った。

画面をみると、A美からだった。

 

「ユウくん、さっき電話した? 」

 

ピリッとした緊張が走る。

昨日の弱々しかった雰囲気とはまったく違った、

早口で、少し怒ったような声が聞こえた。

 

「いいや、どうした? 」

 

「一時間くらい前から、三十秒間隔くらいで、

ずっと電話がかかってくるの。

それで着信をみたら「彼方」って出てて。

こんなの登録もしてないのに、気持ち悪くて」

 

「怖いんで放置してたんだけど、しつこいから一回出てみたのね。

そしたら遠くで何か、

大勢の話し声みたいなのが聞こえて、すぐ切れた。

ねえ、電話したでしょ、本当のこと言って」

 

「いや、してないって、風呂入ってたし。

混線してんのかなあ」

 

「なんでそんな嘘つくの! なんか隠してるんでしょ」

 

A美が怒りで声を張り上げる。

昨日は弱々しく、かすれた声だったのが信じられない。

まるで別人の声だった。

そして、A美のこんな声は聞いたことがなかった。

 

明らかに様子がおかしい。

正直、どう声をかけてやったいいか分からず狼狽えていたら、

A美が、突然泣き出した。

 

「分かんないよ!

朝から何やっても、何見ても頭にくるんだよ。

仕事に行こうと思っても、すれ違うひと全員睨んでくるし。

あたし、なんかやった? 」

 

明らかにA美の様子がおかしかった。

たまに不機嫌になることはあったとしても、

ここまで情緒不安定になるのは初めてだ。

 

「明日、必ずそっちに行くから」

 

なんとかなだめて、俺は電話を切った。

A美はこの後、ケータイの電源を切って寝るそうだ。

一昨日まで明るくリンフォンの話をしていたA美、

どこか、とても昔の思い出のように感じてしまった。

 

 

 

第五章 屍たちの森




今日は朝から雨が降っていた。

気温が低いのもあり、

濡れると氷のように痛いくらい冷たく感じる。

手に持った傘が、鉛のように重く感じた。

 

出張から帰り仕事を終え、

まっすぐA美の住むアパートに向かった。

駐車場に車を止め、

濡れるのも構わず俺は玄関の前に向かう。

 

外から見るに、部屋の明かりは消えていた。

合鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。

かじかむ手がもどかしい。

 

部屋の中を想像する。

玄関をくぐり廊下を通る、そして部屋に入る。

温かい部屋、可愛いカーテン、心休まるミルクティー

そして、いつもどおりA美が笑っているはずだ。

かじかむ手で、玄関のドアを開ける。

 

 

部屋の中で、A美が首を吊っていた。



あれだな、意外と人間ってああいうとき冷静になれるんだな。

俺、ロボットになったんじゃないかってくらい冷静に行動できた。

 

 

風呂場のシャワーヘッドの低い方、

そこにビニール紐をかけて、

座った状態で首を吊っていた。

 

手を触れると、体はまだ暖かかった。

首にからまったビニール紐を切り、

優しくベッドに寝かせると衣服を緩めた。

 

呼吸は止まっている。胸骨圧迫をしなければ。

ああ、その前に消防に電話か。

なんだか現実感が無かったと思う。

ただ体は勝手に動いていた。

 

救急車が到着する間、ずっと胸骨圧迫をしてたんだが、

視界の端に、テーブルの上のリンフォンが目に入った。

 

リンフォンは、昨日までの鷹の姿は消え去り、ほぼ魚の形をしていた。

ただ、魚と聞いて連想する、よくある流線型のシルエットではなく、

蛙のような顔をした、ずんぐりとした不思議な造形の魚だった。

魚としては、まだ未完成なようで、

あとは背びれや尾びれを付け足すと完成、という風に見えた。

 

遠くからサイレンが聞こえる。

玄関の窓ガラスが赤く照らされる。

救急車が到着した。

部屋に入ってきた救急隊員が、A美を担架で運び出す。

俺は、ただその様子を眺めていただけだった。

 

一緒に救急車にのって病院に行く。

それから、どれくらい時間が経ったんだろう。

正直、時間の間隔が無くなっていたと思う。

病院のICUで、A美は意識を取りもどした。

意識を取り戻したA美の顔は、やつれて土気色をしていた。

 

一般病棟のベッドの上。

A美は俺に気づくと、弱々しく口を開いた。

 

「お昼にパン食べていて、

明日は仕事に行かなきゃなって考えていたの。

そうしたらケータイが鳴って、

最初は出る気がなかったんだけど、

職場からだとまずいんで出たの。

 

それで、通話押してみると、

『出して! 』『出して! 』って大勢の男女の声が聞こえて、

そこで切れた。

 

その後、部屋中が地震みたいに揺れたかと思ったら・・・、

私ここに寝かされていた」

 

A美は、目に涙を浮かべていた。

色を失った唇が、震えている。

か細い手が、俺の手首を掴んだ。

 

「お願い、ケータイを解約してきて」

自分のケータイが怖くてたまらないらしい。

あんなことがあったんだ、無理もないと思う。

 

「分かった。明日ケータイショップに行ってくるよ」

宥めるようにそう言うと、A美は安心したようだった。

「ありがとう」

そういって、そのまま眠ってしまった。

 

その後、俺は起こさないように静かに病室を出ると、

着替えやら小物を取りに行くため、A美の部屋に戻った。

 

しばらく入院しても大丈夫なように、

下着や簡単な化粧品類を、

分かる範囲でカバンに詰め込む。

 

魚の形をした未完成のリンフォンは、

ひっそりとテーブルの上に放置されていた。

正直触りたくなかったが、バスタオルに包み、

そのまま押入れのなかに放り投げた。

 

荷物をもって、また病院に向かう。

車内では、ラジオをつける気にもなれず、

エンジン音とロードノイズだけを聞いていた。



果てしなく続く、真っ黒な海面、極寒の大地。

人間は、けして生きてはいけない氷の世界。

光も届かぬほど深い海を、ゆうゆうを泳ぐ巨大魚。

大理石のような色の皮膚、蛙のような顔。

そんな絶望的な光景が頭に浮かんだ。



運転中、そんな妄想が頭の中に広がった。

あれのせいなのか、考え過ぎだろうか。

 

病室に小さなテーブルがある。

そこに小物が入ったカバンを置いておいた。

今日は病院に泊まろうと思っていたが、看護師から断られてしまった。

俺は渋々、自分の部屋に戻る。

 

その夜、自分の部屋で寝ていると、

恐ろしい夢を見た。



暗い谷底から、大勢の裸の男女が這い登ってくる。

俺は必死に崖を登って逃げた。

 

後少し、後少しで頂上だ。助かる。

頂上に手をかけたその時、女に足を捕まれた。

振りほどこうと、足を見る。

両目が落ち窪んだ女が、絶叫する。

 

 

「連  れ  て  っ  て  よ  ぉ  !  !  」



誰もいない部屋、自分のベッド。

汗だくで目覚めた。

あの声が頭に残り、何度も反芻してしまう。

時計を見ると、まだ午前五時過ぎだった。

 

目をつむると、またあの両目が落ち窪んだ女の顔が蘇る。

その後ろを、無数の亡者が這い登ってくる。

 

再び眠れそうになかった俺は、

部屋の明かりをつけたまま横になる。

 

A美との出会い、思い出、

そして、あのとき立ち寄ったアンティークショップ、

店主のお爺さん、リンフォンを見たときの表情、

後ろから聞こえたお婆さんの声、

そして、リンフォンって何なんだろうと、

ぼんやりと考えていた。




第六章 凪いだ草原




次の日、目が覚める。

いつの間にか寝ていた俺は、

重く沈んだ足を引きずり、玄関から外に出てみた。

 

空を見上げ、胸いっぱい空気を吸う。

頭のなかに渦巻いていた重い気持ちが、

いくぶん楽になった気がした。

 

一息ついてから、A美のケータイを解約するため、

近所のケータイショップに向かった。

 

日曜日ということで、店はそれなりに混んでいた。

整理券をもらい、しばらく待つ。

 

店内には、順番を待っている客でごった返している。

若い夫婦、幼い子供。

俺もA美といつか結婚して、

あんな風に家族として暮らせるんだろうか。

そんなことをぼんやりと考えていた。

 

ふと、リンフォンを買ったあの店が頭をよぎる。

店内の喧騒が、遠くに消えた。

 

リンフォンを買ってから

A美が、どんどんおかしくなってしまった。

あの店主に問い詰めたほうがいいんだろうか。

俺は見逃さなかった。

リンフォンを目にし、目を見開き、戸惑っていた。

あの挙動、明らかにおかしかった。

 

また、あの店に行かなければ。

あの店がまだあれば、だが。

 

ようやく受付番号を呼ばれ、

若い男性の店員に事情を話す。

委任状や本人確認書、A美の免許証などを提出し、

代理人として手続きを終えた。

 

これで、A美のケータイの件は片付いた。

謎の着信に悩まされることは無くなるだろう。

とりあえず、一息つこう。

 

近くの公園のベンチに座り、

自販機で買ったコーヒーを飲む。

久しぶりに、静かな時間が流れた。



唐突に、ポケットの中のケータイが鳴る。

A美からだった。

慌てて出ると、今から退院して部屋に帰るとのこと。

医者からは三日ほど検査入院を勧められたが断ったらしい。

俺は車を飛ばし、病院に向かった。

 

病室の中は慌ただしかった。

A美は荷物をまとめ、着替えも終わっている。

看護師から向けられる、

不信感をもった眼差しが辛い。

 

一階の受付で手続きを済ませると、

そのまま車に乗り、A美の部屋まで戻った。

 

部屋の中では、何を話したらいいか分からなかった。

多分、A美もだったんだと思う。

俺はケータイを眺め、A美は雑誌を読んでいた。

しばらく、無言の時間が流れた。

 

「ねえ、これ見て」

唐突に、A美が見開いた雑誌を差し出す。

 

毎月愛読している雑誌、その占いのページだった。

「このページを担当してる『猫おばさん』って

ひとがいるんだけど、

有名な、すごく良く当たる占い師なの」

 

「毎月、この占いが楽しみにしてんだ。

ねえ、この人の店に行ってみない? 」

 

一瞬、何を言っているのか信じられなかったが、

ふざけている雰囲気ではなかった。

 

俺は、あのアンティークショップか、

それかいっそ寺か神社に駆け込もうと思っていたが、

とりあえず、A美の気持ちを優先することにした。

 

「猫おばさん」は、自宅に何匹も猫を飼っていて、

本来は自宅で占いをするのだそうだ。

その占いはかなり当たるらしく、業界ではちょっとした有名人らしい。

 

雑誌を受け取ると、猫おばさんの連絡先を調べる。

ケータイで連絡を取ると、

予定が開いているので明日来てくれ、とのことだった。

A美は喜んでいた。

ただ、その顔は覇気がなく、

無理をしているのが俺でも分かった。




第七章 猫と占い師




次の日の昼過ぎ、

俺たちは約束の時間に間に合うように部屋を出る。

日曜なので、それなりに道は混んでいたが、

約束の時間までにはたどり着くことができた。

 

占い師「猫おばさん」の住む家に、A美とふたりで立つ。

いかにもな仰々しい風景を想像していたが、

実際にはどこにでもある、ありふれた一軒家だった。

看板も無いため、

知らなければ、決してここが占いの館だとは分からないはずだ。

 

玄関ドアにつけられたインターホンのボタンを押す。

 

(ピンポーン)

 

「はい」

「予約した〇〇ですが」

「お待ちしていました、どうぞ」

 

玄関ドアを開けると、廊下に三匹の猫がいた。

壁にもたれかかって、寛いでいたのだろう。

その猫たちは俺たちを見ると、

フーッと威嚇をし、毛を逆立てて廊下の奥へ逃げていった。

 

「お邪魔します」

恐る恐る廊下を進むと、廊下のつきあたりに「猫おばさん」が立っていた。

 

歳は五十代ほどだろうか、背が低く白髪まじりのショートヘア、

紺色のパンツに、灰色のカーディガンを着ていた。

生活感を感じられない、品の良いおばさん、という印象を受けた。

 

真剣な表情、するどい目つきで、

じっとこちらを見つめている。

足元は、名前通りたくさんの猫に囲まれている。

 

挨拶をしようと近づいた瞬間、

猫たちが一斉に「ギャーォ!」と親の敵でも見たような声で威嚇し、

散り散りに逃げていった。

 

A美と困ったように顔を見合わせていると、

「・・・すみませんが、帰って下さい」

きっぱりと猫おばさんが言った。

 

ちょっとムッとした俺は、どういうことか聞く。

「私が猫をたくさん飼ってるのは、

良くないものに敏感に反応するからです。

猫たちがね、占って良い人と悪い人を

選り分けてくれてるんですよ」

 

猫おばさんが、ため息をつき、一呼吸おく。

「こんな反応をしたのは始めてです」

 

俺はすがる思いで、リンフォンのこと、

A美に起きたこと、俺の見た悪夢を猫おばさんに話した。

 

すると、

「彼女さんの後ろには、禍々しい動物の影が見えます。

今すぐ捨てなさい」

 

慎重に、ゆっくりとおばさんが答えた。

それがどうかしたのか、と聞くと、

 

「お願いですから帰って下さい。

それ以上は言いたくもないし見たくもありません」

硬い表情でこちらを睨む。

 

隣のA美も、顔が蒼白になってきている。

俺が執拗に食い下がり、

 

「あれは何なんですか?

呪われてるとか、

良くアンティークにありがちなヤツですか? 」

 

おばさんが答えるまで、何度も何度も聞き続けた。

耐えきれなくなったおばさんは、大声でまくしあげた。



 「あれは、凝縮された極小サイズの地獄です!!

地獄の門です、捨てなさい!!帰りなさい!!」

 

この時のおばさんの顔が、何より怖かった。



そのまま外に追い出されると、俺たちはA美の部屋に戻った。

俺はすぐさま、押入れの中のリンフォンを取り出すと、

黄ばんだ説明書と一緒にダンボールに詰め込み、

ガムテープでぐるぐる巻きにした。

A美は部屋に着くなり疲れたといって、ベッドで横になっている。

 

俺は起こさないように、玄関で市役所に電話をした。

ごみの自己搬入の予約をとるためだったが、

指定されたごみ処理工場なら、今から持ち込んでも大丈夫とのことだった。

 

俺はメモ帳に書き置きを残すと、

リンフォンが入ったダンボールを、車の後部座席に投げ込み、

ごみ処理工場に向かって車を走らせた。

 

 

身元確認や中身の確認を終えると、

俺は職員にダンボールを手渡し工場を出る。

これで、終わったんだ。

今までの出来事を考えると、あっけないくらいの幕切れだった。

どこか、拍子抜けしてしまう。

 

その後、あてもなく車を走らせた。

普段通らない道を選んで走っていったら、

県境の海沿いの国道にたどり着く。

 

国道の左側には、果てしなく太平洋が広がり、

その手前を、ひとのいない砂浜が延々と続いていた。

いつかふたりでキャンプをしたいなと、

A美と話したのを思い出す。

 

時間を忘れ、運転を続けた。

音楽もラジオもつけず、ロードノイズだけが車内を包み込む。

リンフォンのことが頭をよぎった。

 

あの説明書を読んだときに思ったんだが、

あれの綴りは「RINFONE」と書く。

アナグラムで組み替えると、「INFERNO」になるはずだ。

インフェルノ、つまりダンテの神曲にでてくる地獄のことだ。

 

さらにいうと、「FOR NINE」とも組み替えられる。

九という数字が気になった。

そういや、神曲の地獄は九階層あったはずだ。

 

最下層はコキュートス、氷の世界だ。

ひとが寄り付かぬ南極の海、絶望の光景。

あの気味の悪い巨大魚の姿が、頭をよぎる。

 

地獄を表す言葉、そしてその地獄の階層の数、

それらを並び替えた言葉が、リンフォンだった。

 

あの占い師は、凝縮された極小サイズの地獄と言った。

地獄の門だとも言った。

 

あとでA美に、このことを話したら、こんなことをつぶやいた。

 

「あの魚、完成してたら一体どうなってたんだろうね・・・」

 

俺は、何も答えることができなかった。





根絶やしの唄

根絶やしの唄

 

 

お前ら、「根絶やしの唄」って知ってるか。

俺の家に代々伝わる、呪いの唄だ。

別に、これを聞いたところで死ぬわけではない。

なぜ呪いの唄なのかというと、

うちの家系に問題がある。

 

俺の実家は女系で、四百年以上続いているらしい。

そして男は、外から連れてきた婿以外、必ず異常な死に方をする。

珍しい病気で死んだり、突然失踪し行方不明で死んだかどうか分からない場合も多い。

病気、事故が多いだけなら偶然じゃないかと思うヤツもいるかもしれんが、行方不明が多いとなると何かあるんだよ、この家。

それでな、亡くなったり失踪する数日前に、きまって歌い出す唄があるんだそうだ。

それが、根絶やしの唄だ。

 



【ホラー】「根絶やしの唄」【Stable diffusion】

 



1、始まり

 

(葬式の背景、棺、花)

 

実家で同居している甥っ子が、突然亡くなった。

死因は、最近巷を騒がせている病気だった。

朝は元気に家を出ていったんだが、

夕方熱を出して帰ってきたらしい。

そして、そのまま夜に帰らぬ人になってしまった。

 

通夜の晩、親戚たちが次々と集まってくる。

見覚えのある顔もいれば、そうでない顔もいる。

家の中は、黒い服の女ばかりだった。

こういう場で、男は本当に肩身が狭い。

俺は、親戚の誰かの婿や、

普段、尻に敷かれる旦那たちと一緒に、

部屋の隅のテーブルで、ちびちびとビールを飲んでいた。



甥っ子を溺愛していた婆ちゃんは、

先月から病院に入院していて、葬式には出れなかった。

そのことを、本当に悔やんでいたらしい。

 

ここで、この家に住んでいる家族構成を話しておこうと思う。

 

俺、25歳無職、彼女なし。

この実家は、わりと気に入っている。

姉夫婦、共稼ぎでこの家を継いでいる。

その娘と息子。

どちらも小学生低学年くらい、息子は亡くなった。

あとは母ちゃんと婆ちゃんだ。

婆ちゃんは体調が悪く、現在行きつけの病院に入院している。

 

家族仲は悪くはないと思うが、

姉が結婚してから正直、居心地の悪さを感じてはいた。




2、兆候



葬式が無事に終わった次の日の夜、熱が出た。

ついに俺もかと不安になり、県が案内する受信・相談センターに電話する。

いくつか質問された結果、例の病気の可能性は低く、

救急搬送の必要性が無いと判断された。

とりあえず数日自宅で安静にして、

問題があったら地元の医療機関を受診して欲しいとのことだった。

 

ただでさえ、家には病気で息子を亡くしたばかりの姉がいる。

俺は他の家族に病気をうつさないように、自室に引きこもって寝ていた。

次の日、母ちゃんに食事を持ってきてもらう。

そのとき、おかしなことを言われたんだ。

同居している姉の娘が、夜中に俺が大声で何かを唄っているのを聞いたという。

娘が、そして姉自身も不安なので止めて欲しいとのこと。

何を言っているんだ、

俺はそんなことをしていない。



3、鼻歌

 

 

2日後、ようやく熱が下がり俺はベランダで風にあたっていた。

冷たい風が体をつつみ、

体調をリセットしてくれるような気がした。

ベランダの真下、庭では母ちゃんが洗濯物を取り込んでいる。

俺に気づいていないのか、鼻歌を歌っていた。

姉夫婦は顔を見せない。

同じ家に住んでいるのだが、食事は別々のタイミングで取っている。

そのため、顔を見ない日もよくあった。

少し体はだるいが、随分良くなってきた。

もう明日には完治していると思う。



4、友人




俺の体調を気遣って、幼なじみの友人が見舞いに来てくれた。

やつのことは、小学生の頃からスーさんと呼んでいる。

あだ名の由来は、やつが小学校の頃ビビアン・スーが好きだったから。

子供のセンスなんて、そんなもんだ。

スーさんとは気が合うため、大人になった今でもよく遊んでいた。

 

いつものように俺の部屋に集まると、

一晩中酒を飲みながらバカ話で盛り上がった。

夜が明け、東の空が明るくなってきた頃、俺はシャワーを浴びた。

トイレに行くため、脱衣所の前を通りかかったスーさんは異変に気づく。

 

(暗い部屋、明かりが漏れるドア)

 

風呂場で声がする。

俺がシャワーを浴びながら、

大声で唄っていると思ったらしい。

面白がって脱衣所に入り、スマホで風呂場の扉を録画する。

その後、風呂上がりの俺に、

ゲラゲラ笑いながらその動画を見せてくれた。

 

昭和を感じさせる風呂場の曇りガラス、

その向こうに、人影が動いている。

俺が、シャワーを浴びている。

シャワーの音と一緒に、俺の声が聞こえた。



「すみのあに……とうとうと……おかありを……すえらかす……」

 

たしかに、何かを大声で喋っている。

メロディーがある歌、というより、

能の序盤にやる謡曲のような、独特な唄だった。

何だ、これは。

 

(シャワー背景)

 

ザアアアアアアアア。

 

シャワーの音に混じって、かすかに唄が聞こえ、それがだんだん大きくなっていく。

 

(音楽で不気味さを盛り上げて)

(ふ、と静寂)

 

しばらくして俺が風呂場から出てきた。

そこで、唐突に映像が終わった。





5、スーパー

 

(スーパー店内)

 

スーさんが帰り、俺は電源が落ちたようにぐったりと眠った。

目が覚めると、外はすっかり日が落ちていた。

腹が減ったので、近所のスーパーに買い出しに行く。

 

主婦たちが夕飯の準備に来ているのか、店内は混んでいた。

人混みをみて、俺はどこか安心する。

簡単なレトルト食品を数点かごに入れ、レジへと並んだ。

 

(スーパー店内のおばさん、かごを持っている)

 

俺の前には三人ほど並んでいたが、すぐ前にいるおばさんが、

 

「あっ、あれ忘れた」

と言って俺の顔を見て、

 

「ごめんなさい。ちょっと、すぐそこにあるヤツ忘れたから、

 カゴ置いていくから、お願い」

 

と言ったんだ。

要するにレジの列から離脱せずに、

買い忘れたものを取ってきたいということだ。

 

振り向くと、俺の後ろにも数人並んでいる。

なんとも答えようがなく、苦笑いをしてごまかしてしまった。

おばさんはカゴを置いてその場を離れ、

しばらくして青のりを持って列に戻ってきた。

 

レジのあと、家に帰ろうとスーパーの出入り口に向かう。

出口近くの壁が鏡のようになっていて、疲れた俺の顔が映っていた。

驚くほど顔がやつれている。

無理もないかと思っていたとき、店内から音が、消えた。

まわりのざわめき、店内放送などの音、すべてが消えた。

あれ? と思ったとき、

誰かに右肩を、ポン、と叩かれたんだ。

 

振り向くと、さっきのおばさんだった。

「さっきはありがとね」

おばさんが笑顔で話しかけてきた。

「いえ」とぎこちなく返事をする。

内心、長話になると面倒くさいなと思っていると、

おばさんは、俺の耳元でこう耳打ちした。

 

「すぐには来ないよ。

 たまずさがとけぬうちは、ねだやしにならないからね」

 

俺はもう、冷や水を浴びせられたように固まってしまった。

言葉を出そうと思っても、

あうあうと口が動くだけで声が出ない。

 

とっさに見てはいけないものを見たような気がして、

視線をおばさんから外す。

そこで、ふと気づいた。

先程の鏡に、俺だけが映っている。

目の前にいるおばさんは、鏡に映っていなかった。

心底、ぞっとした。

何も喋れず、身動きもとれずにいると、

おばさんは、スーパーの出入り口に向かって歩きはじめた。

そして出入り口を出た瞬間、

扉のガラス越しに、いきなりパッと、消えたんだ。

 

(元のスーパー店内の背景)

(長い沈黙)

 

入り口の透明な扉には、もうおばさんの姿は見えない。

気がつくと店の中には、元のざわめきが戻っている。

遠くのアナウンスで、

鮮魚コーナーのタイムセールなどを告知していた。



6、ファミレス

 

 

それから数日経った日曜日の午後。

朝から降り続いている小雨はようやく止み、雲のすきまから太陽がのぞいている。

まばらに照らされる日光が温かい。

俺は、いきつけのファミレスの奥にあるボックス席にいる。

目の前には、スープバーのコーンスープを飲んでいるスーさんがいた。

 

「お前、幽霊ってみたことあるか?」

「なんだよ急に」

「俺、一回だけ見たことあるんだよ。

よくわかんないんだけどさ。

小学校の頃、夜トイレに起きたら、実家の廊下を知らない女の人が歩いてたんだ。

 

(廊下、女の後ろ姿)

(BGMなし)

 

その廊下、古いから歩くとギシギシ鳴るはずなんだよ、でもそんときはいっさい音がしなかった。

その人は家族とか遊びに来た親戚とかじゃなかった。

今まで見たことがない女の人でさ、髪がありえないほど長くて地面についているんだよ。

それをひきづって歩いていた」

「誰なんだろうな、先祖の霊とか?」

「分からない。

暗くて顔は見えなかったんだけど、すげー怖かったのを覚えてる」

 

(和服の女の口元)

 

「うちでさ、代々伝わる呪いの唄ってあるんだよ。」

「まじで、なんかカッコいい」

「結構洒落にならないんだって。

なんか昔から男がおかしな死に方をすることが多いらしくてさ、

その直前に変な唄を歌いだすらしい」

「唄? 呪文みたいなもん?」

「俺もよく知らないんだけどさ、唄った本人は自覚がないんだってさ。

 

うち、家系的には古いからさ。

金はないけど歴史だけはあるんだ。

なんか昔あったのかな」

「代々伝わる呪い的なやつ?」

「そうそう、男だけを殺すシステム。

血を絶やし、根絶やしにするのが目的なんだろうな。」

「なんで唄なんだよ」

「分かんない、先祖の誰かに聞ければいいんだけど」

 

それでさ、この前の風呂場での唄が正直気持ち悪いなって思ってたんだよ。

そうしたらその後、スーパーで知らないおばさんに、そのときの唄の歌詞と似たようなことを言われた」

「なんて?」

「なんか、たまずさとか、根絶やしにはならないとかなんとか」

「うわー怖いいい」

 

(ファミレス)

 

「そんで色々調べてみたなよ。

俺の父ちゃんは2年前に病死しててさ。

ただ別におかしなことはなかったって母ちゃんが言ってた。」

「じゃあ、お爺さんはどうなの」

「それがさ、行方不明だって。

ぶらっとどこかに出かけて、それっきりらしい。」

「お婆さんに話を聞けるといいんだろうけど、まだ入院してるんだっけ?

「ああ、なかなか体調が戻らないらしくて、もう歳だからな。

今度、見舞いがてらになんか聞いてみるか」



7、病室

 

(病室)

(切ないBGM)

 

乗りなれないバスをいくつか乗り継ぎ、俺は病院へと向かった。

婆ちゃんが入院している病院だ。

聞きたいことは、たくさんあった。

失踪したと聞いている爺ちゃんのこと、そしてこの呪いの唄のこと。



大きな総合病院の5階、

6人部屋に婆ちゃんはいた。

他の入院患者も老人ばかりだったので、

ここは高齢者を受け持つ階なのだろう。




昔は、当たり前のように

家にいた婆ちゃん。

小さい頃に、一緒に遊んだ思い出が蘇る。

その婆ちゃんが今、病室のベッドに寝かされていた。

体からは何本も管が伸び、数個の点滴スタンドに伸びている。

 

「よく来たね、久しぶり」

婆ちゃんは静かに笑ってくれた。

「ああ、ちょっと聞きたいことがあってさ・・・」

 

良い言い方が思いつかなかったから、俺は直球で質問することにした。

この家の呪いの唄のこと。

そして、爺ちゃんのこと。

 

ベッド横の小さい机、そこに水の入ったコップが置いてある。

コップの水を一口飲むと、婆ちゃんは当時のことを教えてくれた。

 

晩年、爺ちゃんは好きだった釣りや将棋をぴたりとやめ、

呪いの唄のことを、日がな一日調べていたらしい。

 

ある日の昼。

「分かった。これで呪いは止められる」

何かが分かった爺ちゃんは、婆ちゃんに色々伝えてきたらしい。

ただ、内容が難しく、婆ちゃんには理解できなかった。

 

「オレは馬鹿だから、爺ちゃんの喋っている内容がよく分からなかったんだよ」

「ただ、爺ちゃんの熱気に押され、分かったふりをして、うんうんと聞いていることしかできなかったんだ」

 

その晩、爺ちゃんは居なくなってしまった。

そう言って、婆ちゃんは俯いた。

 

俺はスマホを取り出し、数日前にスーさんが録画した動画を見せてみた。

優しい笑顔で、静かにその動画を見ていた婆ちゃん。

揺れる画面、明かりが漏れる風呂場の扉。

そして、問題の俺の唄声が流れる。

 

「すみのはに・・・とうとうと・・・おかざりを・・・」

 

ベッドの横の小さい机から、コップが落ちた。

 

婆ちゃんの様子がおかしい。

瞳孔は開き、何もない空中の一点を見つめている。

口は、わなわなと動き、枯れ木のような手が小刻みに震えている。

息が荒い。

どうしたんだろうと見ていると、両目からボロボロと涙がこぼれだした。

 

「爺さん、ごめんなさい。私が好きになってしまったばかりに・・・」

 

突然、婆ちゃんが大きく息を吸うと、わんわん泣き出した。

寝たきり同然の老人とは思えない仕草で、少女のように泣いた。

 

突然大声を上げたので、同室の入院患者が見に来る。

そんなことはお構いなしに、泣きわめく婆ちゃん。

 

俺は慌てて、ナースコールを押した。

年配の看護師が部屋に入ってきて、婆ちゃんに優しく語りかける。

応援にきた医者は、何か注射を打っているようだった。

婆ちゃんは何かを喚いている、

まるで違うひとのようだった。

応援の看護師に、俺は病室を追い出された。

 

俺が動画を見せたばかりに、

おかしなことになっちまった。

 

ごめんよ、婆ちゃん。






8、ノート

 

(実家、座卓、ノートが置いてある)

 

この家の最奥に、あまり人が立ち寄らない静かな部屋がある。

ここは、体を壊した家族が寝かされる部屋だと聞いた。

そしてそのまま、ここで亡くなることも多かったし、

亡くなった家族を安置しておく場所でもある、と聞いた。

 

爺ちゃんは晩年、この部屋に籠もりっきりで何かを調べていたという。

図書館に出向いては、何やら古い本を借りてきて座卓に広げて、

うんうんうなっていたという。

 

俺は爺ちゃんが残した手がかりが無いか、この部屋を調べていた。

部屋の中央にある座卓に、

夕暮れのオレンジ色の日差しが斜めに差していた。

 

その部屋にある戸棚から、数冊の古いノートを見つけた。

爺ちゃんが遺したノート、あの呪いの唄を研究した成果だった。

 

爺ちゃんは幼い頃に、長生きはできぬと聞かされて育った。

そしてひとり孤独に、呪いの唄のことを調べていたんだと思う。

 

(ノート)

 

一冊のノートを開いてみる。

この家の家系図らしき図が、ペンで雑に記されていた。

この家では、男は皆殺しにあっている。

もちろん、人は死ぬ。

しかし、死に方が異常なんだ。

事故や病気、自然死とも言えないものが、

いくつも記されている。

その家系図には、虫の食った穴のように、

ぽつりぽつりと行方不明の文字がならぶ。

 

なぜそうなったのか。

過去に何かあったのかは、分からない。

言えるのは、

この家は女系になるしかなかった歴史がある、ということだ。

 

(少し間)

 

爺ちゃんはいったい何を調べ、何を知ったのか。

そして、どこへ行ってしまったんだろうか。

 

俺も死ぬのだろうか。

いつだろう。

明日か、今晩か。

お願いだ、爺ちゃん。

俺を、助けてくれ。

 

すがる思いで、別の一冊のノートを開く。

パリパリに乾燥した紙、茶色く変色し、めくる指に緊張が走る。

古い文字で、全てのページにびっしりと何かが書き込まれていた。

文体が古いのか、達筆すぎるのか、俺には文字が判別できない。

たまに図が描かれているが、多分何かの御札の模写なんだと思う。

1ページ、そして1ページとページをめくっていく。

 

あるページに、目が止まった。

和歌、だろうか。

学校の授業で、こんな感じの文章を見たような気がする。

とあるページの中央に、一遍の和歌だけが書き込まれていた。



(OP音声)

(ひと単語づつ区切る)

 

「たまずさが……とけぬうち……すみのはに……とうとうと……おかざりを……すべらかす」



それを見た瞬間、俺は目が離せなくなった。

胸が苦しくなる、息が荒くなる。

これが、もしかして、根絶やしの唄じゃないのか?

この家の男たちを、数百年間苦しめてきた唄、呪いの唄。

これが、そうなのか。

・・・。

 

ノートを開く手が震える。

その手に、そっと誰かの手が触れた。

 

(目の前の女)

 

真っ白い手、

氷のように冷たい、小さな手だ。

顔を上げる。

眼の前に、女がいた。

十二単みたいな、何枚も重ねている真っ白の着物を着て、

髪はとても長く地面についている。

その色は、濡れたカラスのようにしっとりと真っ黒だ。

大きな目、少し幼さを残した頬、

その女が、微笑んでいる。

 

何か喋っているが、よく聞こえない。

たくさんの単語と単語の間の、

「根絶やし」という単語だけがなんとか聞き取れた。

不思議と、恐ろしくはなかった。

まわりの景色が、ぐるぐるとまわり始めた。



9、燃える家(ラスト)

 

(燃える家)

 

気がつくと、目の前で家がごうごうと燃えていた。

熱い、熱風で息が詰まる。

思い出がつまった、俺が生まれ育った実家。

それが今、目の前で燃えている。

見上げると、火の粉が夜空に消えていった。



俺は今、無性に頭にきている。

何故なのか、俺自身も分からない。

訳がわからないが、

俺は体が震えるほどの怒りを覚えていた。

燃えちまえ、こんな家。

死んでしまえ、みんな、残らず。

 

足元には、使い終わり空になったガソリン携帯缶が転がっている。

そしてもう一つ、満タンに中身が入った携帯缶がある。

あとは、これをかぶるだけだ。

今際には走馬灯が走るなんていうが、

嫌になる思い出しか蘇らない。

 

眼の前で、あの女が笑っている。

幸せそうな顔をしている。

良かった、喜んでくれたんだ。

ありがとう、そう聞こえた。

なぜだろう、

なぜ俺は今こんなことをやっているんだろう。



10、ニュース記事

 

(ジングル音)

(テレビニュースの背景)

 

昨夜未明、〇〇市の一般住宅で住宅一棟が全焼する火事がありました。

焼け跡からは、住人とみられる若い男性の遺体が見つかり、

その場で死亡が確認されました。

 

住宅に住んでいる他の住人は、外出していて無事とのことです。

〇〇市消防署の発表によると、出火の原因は現在調査中とのことです。

 

夜のニュースをお届けしました。

(ジングル)

 

 

 

エンディング

 

灰色の家の画像。

監視小屋のタイトルみたいに。

画面右に小さく文字が下から

上にスクロール。

静かな音楽。

 

最後に、終わりの文字




原作

「根絶やしの歌」



背景画像

 

ぱくたそ

https://www.pakutaso.com/

写真AC

https://www.photo-ac.com/

フリー素材ドットコム

https://free-materials.com/recruit/



BGM・効果音

 

ポケットサウンド

https://pocket-se.info/

効果音ラボ

https://soundeffect-lab.info/

OtoLogic

https://otologic.jp/

MOMIZizm MUSiC

https://music.storyinvention.com/

DOVA-SYNDROME

https://dova-s.jp/



制作ツール

 

YMM4

https://manjubox.net/ymm4/



朗読

 

冥鳴ひまり

白上虎太郎

ナースロボ_タイプT

ずんだもん

剣崎雌雄




制作

密室



終わり

ひとちかくれんぼ

 

90 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2022/11/15(火) 02:38:08.37 id:oZI0YQco0 [2/16]

これを見てる人は、どれだけいるだろうか。

半年前、俺はとんでもないことをやらかしてしまった。

その結果、友人も失った。

 

それから葬式やら何やら色々あってさ。

変死扱いで警察も来て、色々話を聞かれたよ。

何が起きたか正直に喋ったらさ、ただの頭のおかしいやつって思われたみたいだった。

 

正直、俺一人だけであの体験を抱え込むのは、正直しんどいんだ。

誰かに聞いてほしいから、ここに書き込むよ。

もし、これを読んでやべーことが起きたら俺のせいかもしれん。

そのときは、すまんな。





では、話させてもらう。

俺は大学二年生で、地元の大学に通っている。

友人に、すげーオカルト大好きなヤツがいたんだ。

俺もホラーとかゾンビ映画とか、そういうの好きだったからさ。

結構話が合って、ネットで拾った怖い話や動画なんかを教えてもらっていた。

 

ある日、そいつが「ひとりかくれんぼ」をやろうって言い出したんだ。

ネットでは、そこそこ有名な降霊術らしい。

こっくりさんやエンゼルさんみたいなものだな。

ひとりかくれんぼなのに、二人でやるのか?」

そう突っ込む俺に、だって一人だと怖いじゃんと返す友人。

まあ、たしかにそうだろう。

友人はネットで、準備する物や段取りなんかを色々調べてきた。

 

必要な物メモ

・手足があるぬいぐるみ

・米、少々

・縫い針と赤い糸

・切ったばかりの自分の爪

・包丁などの刃物

・コップ一杯の塩水

 

友人の話だと、You Tubeでゆっくり怪談の動画を作って投稿したり、Twitchで怪談動画のライブ配信をしている人がいるらしい。

その人の動画を見て、ひとりかくれんぼを知ったとのこと。

 

次の週末に俺の部屋で、それをやってみようって話になった。

元々、友人が彼女に振られたって聞いたから、

週末はうちで飲んで慰めようかと思ってたんだ。

なので俺は、軽いノリでおkを出したんだ。

あんとき、やめておけばな。





週末の土曜日、なんか朝からペットのインコが騒いでいる。

体調が悪いのかな。

 

夕方、友人が俺の部屋に到着した。

いつものごとく、あいつのリュックの中には、

大量の酒やらつまみ、お菓子、食い物なんかがぎゅうぎゅうに詰まっていた。

いつもと違うのは、ひとりかくれんぼのために用意したグッズ類が入っていたことだ。

ぬいぐるみや塩、コップ、ライター、御札なんかもあった。

すべて、アマゾンや100円ショップで買い揃えったと言っていた。

 

その晩は、酒を飲みながらゲームをやったりホラー映画を見たりしていた。

そして、部屋の時計は午前二時を指した。

ひとりかくれんぼは、午前三時に開始しなければならない。

俺たちは、その準備を始めた。




気分を盛り上げようと、よく分からない御札を部屋の四隅に貼った。

Amazonで買ったものらしいのだが、梵字は読めないし、何に効くのかさっぱり分からない。

 

ぬいぐるみは、二人で持ってきた。

友人が持ってきたぬいぐるみは、バスケットボールサイズのフクロウのぬいぐるみ。

前後に顔がついている、不思議な形をしていた。

「これは、フクロウのフクちゃん」

友人が笑って言う。

なんだよ、これ?と聞いたら、よく分からないけど、親父の部屋から勝手に持ってきたものだそうだ。

ちゃんと中身の綿を取り出して、米入れて塗ってきたんだぞと偉ぶっていたが、そもそも手足の無いぬいぐるみは使えない。

ごめん、それ使えないよというと、少し文句を言っていたが、なんとか了承してくれた。

 

結局、俺が用意した特大サイズの熊のぬいぐるみを使うことにした。

ぬいぐるみなんてよく分からないから、Amazonで人気の有りそうなのを適当に選んだら、これになった。

うちに届いてから三日ほど部屋に飾っておいたんだけど、男でも意外と愛着が湧くものだな。

この儀式に使ってしまうのは、ちょっと名残惜しい。

なるべく愛着が湧かないように、嫌いな物の名前を付けていた。

「名前は、ニンジンだ」

俺が命名すると、なんだそれと友人は笑った。

 

俺は準備をしていなかったので、ぬいぐるみの腹を切り裂いて、中の綿を取り出した。

米と爪を入れた袋を入れて、さて閉じようとしたとき友人に止められる。

どうやら、ぬいぐるみに入れるものによって、危険度は変動するらしい。

爪は危険度一の初級編、それから毛髪や唾液になって危険度は上がっていき、最高レベルの危険度四となるのは、血液なんだそうだ。

「そこでだ」

友人がドヤる。

何か、二センチくらいの小さな箱を取り出した。

 

「うちの婆ちゃんの使っている、血糖検査キット持ってきた」

友人が真面目な顔で話す。

糖尿病のひとが、血液中の血糖値を測るために指先に針を刺して、ちょっとだけ血を採取するための道具らしい。

要は、バネでちっちゃい針を飛び出させる箱だった。

 

自分の人差し指の先に箱を当てて、スイッチを押す。

プチ。

「痛てて」と友人が自分の指を絞ると、指先から豆粒ほどの血が出る。

あいにくハンカチは持っていなかったから、そのへんにあったティッシュに染み込ませて、ぬいぐるみに詰め込んだ。

あとは、赤い糸でぬいぐるみの腹を縫う。

今更ながら、悪趣味な儀式だな。

 

あとは、隠れ場所が必要なのだが、押入れは壊れて動かないストーブやらめったに使わない掃除機やらがごちゃごちゃに詰め込まれている、

当然、人間が入るスペースなんて無い。

しょうがないので、パソコンを置いてある机の下に隠れることにした。

そこに、塩水を入れたコップを用意する。

台所にいって、コップに水を入れ塩を振りかける。

 

暗闇のなか、テレビだけをつけ砂嵐を流さなくてはならないのだが、あいにく家にはテレビが無い。

机の上にiPadを置いて、砂嵐動画を流しっぱなしにすることにした。

知らなかったが、砂嵐などのホワイトノイズを長時間流す動画は、赤ちゃんの寝かしつけ用に重宝されているみたいだった。





あれこれとやっていたら、もう午前三時になってしまった。

俺と友人は、顔を見合わせて儀式を開始する。

ひとりかくれんぼ」のスタートだ。

 

1Kアパートの狭い風呂場に、大学生の男二人が包丁とぬいぐるみを持って立っている。

狭苦しいが、ワクワクしていた。

アホだな俺。

「最初の鬼は(友人の名前)だから」

友人は三回、そのセリフを言うと、水を張った浴槽にぬいぐるみを沈める。

ブクブクと沈むぬいぐるみを見ていると、大っ嫌いなニンジンの名前をつけたのに、少し心が傷んだ。

それから部屋中の電気を消して、砂嵐動画だけを流す。

午前三時だから、音量は控えめにしておいた。

「作業用だけあって三時間もあるぞ、この動画」

そう笑う友人には、まだ余裕があったんだと思う。

 

二人で目をつぶって十秒数える。

包丁を手に持ち、先ほど水に沈めたニンジンを取り出し、洗面台に置く。

「ニンジン、見つけた」

そう言って、友人はぬいぐるみに包丁を突き立てた。

溢れる米、洗面台が詰まりそうだった。

 

「次は、ニンジンが鬼」と三回言って、俺らは部屋に戻る。

楽しみつつも、異様な雰囲気で少しびびっていた俺は、塩水の入ったコップをしっかり握っていた。





儀式を開始してたしか、五分くらいたった頃だと思う。

突然、部屋中に水が沸騰する音が響いた。

音の方向は分からない、台所では無いようだ。

かき消すほどに、明らかに砂嵐の音より大きい。

怖いとか不快というより、そのときは近所迷惑を心配してしまった、午前三時だしね。

そのあと、いつのまにか砂嵐の音が聞こえないことに気づいた。

 

ふと部屋の壁を見ると、四隅に貼られた御札のうち、台所側の二枚が、黒く縮んでいた。

あれ?と思い、近くに置いていた盛り塩をみると、真っ白だった塩が真っ黒く炭化していた。

 

突然、友人のスマホが鳴った。

まじでびびったよ。

電話が出ると、友人の元カノ、ユカちゃんだった。

「あんた、今なにしてんの?」

ちょっと怒っているみたいだ。

となりにいる俺にまで、その声が聞こえてくる。

「なにやってんの?」

「友達と、ひとりかくれんぼやってる」

「バカじゃない!、今すぐやめて、すぐやめて!」

かなりブチギレているようだった。

 

「わかったから、もうやめるから・・・。」

なんとかなだめて、友人は電話を切った。

 

一息ついて、友人がなんでもないような顔をして、

「あいつ霊感があるんだよ、だから電話をかけてきたんかな。

付き合い初めの頃は色々うまくいってたんだけど、なんか突然振られた。

よく分かんないよな、女って」

そうつぶやく。

 

ユカちゃんは友人の元カノで、俺も何度も会ったことがある。

というより、元々は俺のバイト先の同僚だ。

黒髪で女性にしては背の高い、サバサバしてる可愛い子で、住んでいるアパートが近くだったので、仕事中はよく彼女と話していた。

去年だったか、バイト先に友人が遊びに来て、それで知り合ったらしい。

ただ、ユカちゃんがサブカル好きなのは知っていたが、霊感があるなんて知らなかったけど。

 

「もう十分だろ、終わらせよう」

怖くなってきた俺は、友人にそう提案した。

「おう」

ちゃかされると思ったが、

友人も、同じ気持ちだったのか、すぐ同意してくれた。

 

儀式の終わらせ方は、スマホでメモっておいた。

 

用意した塩水を少し口に含んでから、隠れ場所から出て、ぬいぐるみに対して残りの塩水、

口に含んだ塩水の順にかけ、「俺の勝ち」と三回宣言する。

これで、「ひとりかくれんぼ」は終了となる、はずだった。





口にふくもうと、塩水を入れたコップを持ち上げた瞬間、コップが破裂した。

何が起きたか、そのときは訳が分からなかった。

手にコップの残骸をもったまま、俺はびしょ濡れになってしまった。

もちろん隣の友人もびしょびしょだ。

 

塩水の予備は作っていなかったけど

台所に、残りの塩とミネラルウォーターのペットボトルがある。

あれを使って、もう一度塩水を作るしかない。

 

友人は濡れたまま、部屋の隠れ場所に戻り、俺は塩と水を取りに台所に行くことにした。

儀式の最中は明かりをつけてはいけないので、スマホの明かりだけを頼りに進む。

予備の塩が置いてある台所のテーブルまで来た。

 

ペットのインコが騒いでいる。

動物は、何か分かるんだろうか。

とくに、おかしなものは何も見えない。

 

塩と水を手に入れる。

やった、これで終わらせられる。

 

ふと、また鳥かごを見る。

インコがいない。

あれ? と思ったが、帰ろうと振り向く。

ひしゃげた鳥かごと、擦り潰されたインコが、床に放り投げられていた。





おかしな音がした。

何かの鳴き声?

ニワトリの鳴き声を逆回転したような、

動物の絶叫のような、とにかく不快な音だった。

 

振り向くと、風呂場の摺りガラスの向こうに何かが立っている。

人影だ。

細身で髪が長い影だった。

女性だろうか、異常に手足が長い。

荒い息遣いが聞こえる。

かすかに、甲高い声で、「聞こえる、聞こえる」と言っていた。

その影は今にも、風呂場から出てきそうだ。

手が、ゆっくりと持ち上がる。





全力で部屋に戻り、部屋の引き戸を閉め机の下に潜り込む。

「うあああ、あああ」

説明しようにも、ショックで何も言えない。

不思議がっている友人の目の前で、ヤツが風呂場から出てきた。

小さな頭部、長い黒髪、枯れ木のような手、異様に長い指、そして人間離れした長さの足が、風呂場から出てくる。

 

その様子を一緒に見ていた友人は、目を見開いたまま固まっていた。

部屋の引き戸の向こうに、ヤツがいる。

1kアパートなので、3メートルもない距離だ。

全身が真っ赤な影、男の俺より背が高い。

髪の毛は長く、燃えているようにゆらゆらしていた。

 

俺はションベンをもらすくらいビビった。

多分、友人も同じだと思ったが、それ以上に、こいつは正真正銘のアホだったんだ。





友人は机から飛び出す。

「化け物には化け物をって決まってんだろ!」

大声を出し、自分が持ってきたぬいぐるみを手に取る。

前後に顔のついたフクロウだ、すでに米を詰めてある。

婆ちゃんの血糖検査キットを三本を、同時に手のひらに刺し、

フクロウの顔に塗りたくる。

「三本分の血を入れてやる、つえーやつ来いよ!」

 

血まみれのぬいぐるみを手に持ち、前に突き出す。

「最初の鬼は俺だ、フクちゃん見つけた!」

友人が狂ったように包丁で、フクちゃんを刺しまくる。

中に入った米が撒き散らされ、あたりに散乱する。

「次は、フクちゃんが鬼!」

ぬいぐるみのフクちゃんを、引き戸の方にぶん投げた。

俺は、唖然となってその奇行を眺めていた。





引き戸に叩きつけられ、床に落ちたフクちゃんは、

そのままずぶずぶと、フローリングの床に沈んでいった。

まるで、海に沈むように。

 

フクちゃんと交代するように、床から小さい手が出てきた。

可愛らしい、幼児の手だ。

大きな頭をうまく支えられず、ゆらゆらと揺れながら現れたのは、二歳ほどだろうか、人間の幼児に見えた。

おむつをしているのか、お尻がぽっこりと膨らんでいる。

ハイハイして、引き戸の前に座り込んだ。

少し茶色の髪の毛が、くしゃくしゃに乱れている。

こちらを振り向くと、人間の顔ではなかった。

通常の倍以上に、異常に見開かれた目。

顔の上半分が透明で、頭蓋骨の前側と眼球が、透けて見えている。

頭の内部から発光しているのか、あたりをぼんやりと照らしていた。

 

「腹の減りし、すみづみまで食ひ尽くさまほしき、血が飲まばや・・・」

 

眼の前の幼児が、老人のような声で話す。

 

フクちゃんの登場で刺激されたのか赤い女が、引き戸を開けて、とうとう部屋に入ってきた。

そしてフクちゃんを見つけ、胴体を掴み逆さにぶら下げると足からバリバリと食ってしまう。

食われながらフクちゃんは、「ハラヘッタ、ハラヘッタ」と喋っていた・・・。





「うわああああ」

友人がパニクって、部屋のカーテンを開けたんだ。

多分、窓から逃げ出そうとしたんだと思う。

カーテンの向こうから見えた、外の景色は真っ暗だった。

部屋の壁時計を見ると、朝六時を越している。

「ちょっと待て、もう夜は明けてるはずだ!」

しかし外はまるで深夜のように月もなく星もなく、ただ暗闇が果てしなく続いていた。

 

「やめろ、出るな!」

俺の制止も聞かず友人は窓の鍵を開け、そのまま外に飛び出した。

ここはアパートの一階なので、窓を開ければすぐ駐車場があり、すぐ道路へと出られる、はずだった。

だが部屋の外には、どこまでも続く暗闇しか広がっていなかった。

何も見えず、果ても無い。

どうするか、ここにいてもやられるだけだ。

俺も続くか、と身を乗り出したとき、スマホのバイブ音が響いた。

 

見ると、友人がライト代わりに使っていたスマホが、足元に転がっていた。

電話の相手は、先ほどのユカちゃんだった。

 

俺が電話に出ると、怪訝そうな声で、

「あいつは?、外に出てった・・・、そう・・・」

少し、間が空いた。

「いい、よく聞いてほしい」

ユカちゃんが落ち着いた口調で話す。

 

ひとりかくれんぼって、こっくりさんみたいな降霊術ってよく言われているんだけど、本当はね、呪術なんだよ。

自分に呪いをかけて、自分を殺させる儀式。

本当に危険なものだからね。

 

あと、これは言うかどうか迷っていたんだけど、

ひとりかくれんぼ」は、完全には終わることが出来ないんだ。

終わらせ方は知っていると思うけど、あれでは完全に閉じられない。

というか、どうやっても無理なんだ。

あいつは、一生ついて来るよ。

 

いい、よく聞いて。

私は今から自分の家に、呼び出した化け物を呼ぶから。

あいつのことは、もう忘れて。

多分、もう助からない。

私も、これからどうなるか分かんないけど、

やれるだけやってみるから。

もし駄目だった場合は、全部あなたのところに行くから。

そのときは覚悟してね」

 

そう言って、電話が切れた。

電話が切れて顔を上げると、部屋にいた女の化け物は消えていた。

外は日が昇り、夜が明けていた。





それから、まる一日かけて友人を探したが、結局見つからなかった。

夕方、自分の部屋で途方に暮れていると、うちの近くに数台のパトカーがやってきた。

それから、近所にある数年空き家になっている民家で、友人が発見された。

朽ちた風呂場の浴槽に雨水がたまり、そこに沈められて死んでいたという。

体には、何本も包丁が刺さっている状態で発見されたとのことだ。

 

数日後、ユカちゃんが住んでいたアパートに行ったが誰も出ず、

一階に住む大家さんに事情を話して開けてもらったが、

部屋の中央に、むしられた髪の毛の束だけが落ちていた。

とくに、部屋は荒れていなかった。

大家さんは、血相を変えてどこかに電話していたが、俺はその場を後にした。

なので、ユカちゃんのその後は分からない。





これで、この話は終わりだ

とりあえず、今は無事に生活している。

俺はあれから大学を卒業し、地元の小さい会社に就職できた。

最近は、任される仕事も増え、順調に生活できていると思う。

ただ最後の、先輩のあの言葉が頭によぎる。

 

「あいつは、一生ついて来るよ・・・」

 

どうか、この生活が一日でも長く続くことを願っている。

とりあえず、今は生きているが、明日はどうなっちまうか分かんないから、これを書き込んだ。

これを見て、俺のことを覚えていてくれる人がいることを願って。

誰からも忘れられて死んでいくのも寂しいからな。

お前らは、いい人生を全うしろよ。

じゃあな。

八尺様・序

 

シーン2・釣り少年

 

村から出て、森を抜ける道を半日ほど進むと、

山から流れ降りてきた川と出会う。

この川の水は、山の神様からの頂きものであり、

村の住民にとって命の水でもある。

 

その川を半刻ほど少し上流に歩いていくと、

よく魚が釣れる場所があった。

 

怪我をした親に魚を食べさせようと、少年は釣りに来ていた。

少年が、釣りをする場所として目印としている大きな岩がある。

その岩の上に、見たことがない女が座っていた。

 

村の人間なら、すぐ分かる。

男ほどの背丈のある、でかい女。

白い着物、黒い長い髪、汚れた素足。

枯れ木のように細長い背中、気持ちが悪い。

向こうを向いているので顔は見えなかった。

 

今日は釣りを中断して帰りたかったが、

家族が今日食べる分の魚は、なんとしても釣って帰らなければならない。

少年はなるべく距離をとり、ゆっくりした動きで釣りを始めた。

 

釣れる。

一匹、二匹、三匹。

おかしいほど釣れる。

最初は嬉しかった少年だが、さすがに気持ち悪くなってきた。

よし帰ろうと立ち上がると、すぐ後ろに、女がいた。

 

あの、気持ちの悪い女だ。

怖い、気持ちが悪い。

そして、なんだか寒い。

 

「ぽ、、、ぽ、、、ぽぽ、、、」

 

少年の顔をのぞきこみ、女は何か喋った。

ぞっとする声、とても低い。

何を喋っているのか、よく分からない。

じっと見つめてくる。

睨むでもなく、ただ獲物を狙うヘビのように、

じっとこちらを見つめてくる。



逃さぬぞと言わんばかりに、女がゆっくり両手を広げた。

女ごしの背後が何も見えなくなるほど、腕は鷲の翼のように大きかった。

その腕が、翼をたたむように少年をゆっくり包み込む。

まるでヘビが獲物を捉え、ぐるぐると巻き付くように、

女の両腕が、じっくりと少年の体を包んでいった。

 

そのまま、ずぶずぶと少年の体は女の体にめり込んでいく。

抱きしめているのではない。

喰っているのだ。

その腕は、ヘビのように獲物に巻き付き、

そして獲物を、ゆっくりゆっくり、溶かしながら喰っていく。

 

「逃げなきゃ・・・」

少年が気づいたときには、もう遅かった。

頬、肩、腰はもう溶けて、女の体に吸収されていた。

ずぶずぶと、沈むように喰われていく。

女の手が、少年の頭をつかむ。

頭部が、いっきに女の体にめり込む。

「助けてくれ!」

女の両腕の間からは、

絶叫しようとした少年の大きく開いた口だけが見える。

 

まわりには、誰もいない。

川のせせらぎ、遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。

少年がはいていた片方の草履、釣り竿や魚籠がそこに残されていた。

今さっきまでいた少年の姿は、もう食い尽くされ、消えていた。

女は、ゆっくりとした動きで森の奥に消えていった。

大雪山ロッジ殺人事件

 

 

大雪山ロッジ殺人事件

 

 

【背景】

 

扉の向こうの首の無い女

 

【OP】

 

扉の向こうに、あいつがいる。

ふいに現れ、知人を装い、なんとかしてドアを開けさせる。

開けたらダメだ、殺される。

どこまでも、どこまでも、あいつは追いかけてくる。

もう、どこにも逃げられない。

首を切られ、殺される。

私はこれから、どうしたらいいのだろう。

奴が、来る・・・。



「タイトル」

 

主人公、女に変更。

【背景、OP用、古いアパート】

 

(チャイムの音)

休日の朝、寝起きでぼんやりしていると、唐突に玄関のチャイムが鳴った。

扉の横の曇りガラスに、人影がゆらゆらと揺れているのが見える。

宅急便だろうか。

とくに、何も頼んだ覚えは無い。

私は警戒し、ゆっくりと、扉を開ける。

 

(声、あちき)

「ミナト運輸です」

作業服姿の若い青年が立っていた。

爽やかな顔立ちで、金髪にキャップをかぶっている。

女である自分の、油断しまくっている部屋着が恥ずかしくなった。

彼の胸には、ミナト運輸と書かれたバッジが付いている。

二十台前半だろうか、自分と同年代だと思う。

その笑顔に、どこか警戒していた私は拍子抜けしてしまった。

 

伝票にサインをすると、ダンボールを受け取る。

「ありがとうございました」

屈託のない笑顔で、青年は去っていった。

部屋に戻り送り主を見ると、実家の親の名前だ。

中は、大量のうどんの束。

それに手紙が入っている。

元気にしてますか?

もらったお中元のうどんが食べきれないので、食べてくれとのこと。

安堵とともに、

私も食べきれないよと、ぼやきが口から出てしまった。

 

(背景、街の交差点)

(音、環境音フェードアウト)

★(BGMなし)

 

ありあわせの具で手早くうどんを食べて、外に出かけた。

八月中盤とはいえ、まだ日差しは強い。

私は大学に通いながら、趣味でオカルト関係の取材をしている。

地元の心霊スポットの現地調査や、怪奇現象を体験したひとへのインタビュー、怪談収集などが主な活動内容だ。

それらの調査結果を、SNSへ投稿するのを目的としている。

自分でも、もの好きだなと思う。

だが、好きなものはしょうがない。

 

今日は、これから取材がある。

バスで四十分ほどかかる、丘の上の精神病院。

 

(不穏なBGM、背景+血)

 

そこに入院している患者が、大雪山ロッジで大学生四人が犠牲になった殺人事件の生き残りであり、ことの真相の証言者。

そして、今回の取材の対象者だ。





(背景、山小屋)

 

数日前、SNSにとある書き込みがあった。

 

(声、男性)

「八月二十三日、大雪山五合目のロッジには絶対に行くな」

 

投稿者は、友達が何人か殺され、自分もあやうく殺されかけたらしい。

同じような内容を、何度も何度も書き込んでいた。

フォロー数もなく、フォロワーもいない。

私は偶然、その書き込みを見つけ興味を持った。

その投稿者は足を怪我して、地元の総合病院に入院しているとのこと。

さっそく連絡をとったが、現在は病院を移ったらしい。

その転院先が、丘の上の精神病院とのことだった。

 

(背景、病院)

 

病院五階の休憩室で待ち合わせ、一階の喫茶店で話を聞く。

まわりに人がいると口を開いてもらえないかと心配であったが、店内に人はいなかった。

後で聞くと、いつもこんなものですと、冷静な顔で言われてしまった。

投稿者である男性は、数日前に友人数名と大雪山に登山し、そこで足の骨を折ってしまった。

その後、治療のため地元の総合病院の外科病棟に入院する。

そこで発信されたのが今回私が目にした、あの書き込みだった。

 

(背景、看護師)

 

元いた総合病院の看護師の話。

入院した当時は精神的に不安定だったこともあり、何度か看護師とトラブルがあったらしい。

体験した事件のストレスによるもの、と診断されたが、それを治療する精神科が、総合病院に無かった。

そのため、現在入院している別の病院まで転院してきた、とのことだ。

 

この精神病院に入院した当初は、病室の扉に鍵をかけられ、行動の自由は無かった。

しかし現在は緩和され、病院内であれば自由に出歩けるらしい。

 

(背景、病院に戻す)

 

私は時間の許す限り、この男性が遭遇した恐ろしい体験談を、こと細かく聞き出した。

聞いているだけでも冷や汗が吹き出る、本当に恐ろしい体験談だった。

 

なお、事件の発端になった古本屋についてだが、実際に行ってみると、残念ながら閉店していた。

付近の住民に聞き込みをしたが、店主の行方は、わからずじまいだった。

 

以下は、今回の取材を元に作成した、大雪山ロッジで起こった、恐ろしい事件のレポートである。

一部、刺激の強い描写もあるので、注意してお聞き願いたい。




【背景、戻す、血無し】

 

(VHSノイズ最初だけ)

 

これは本当にあった事件の話で、ある精神病院に隔離された事件の生存者の話です。

だから細部が本当なのか、狂人の戯言なのかは、わかりません。

 

しかし事件そのものは実際に起こり、北海道新聞の過去記事を探せば「大雪山ロッジ殺人事件」というのがあります。

その男は確かにその事件の生き残りであるのも間違いない、という事は初めに言っておきます。

 

(声は、女のまま)

(背景、古本屋)

 

事の発端は、投稿者である事件の生き残りの男が、札幌市中央区の〇〇公園近くにある古本屋に、フラリと入ったことから始まる。

何気なく男が手に取った本の隙間から、一冊の古い大学ノートが落ちてきた。

拾い上げ、なんとなくノートを開いてみると・・・。

 

(画像で、声なし、不気味な音楽)

 

奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる奴がくる。

 

もう自分で命を断つしかないのか…。

 

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて・・・。

 

(背景、古本屋に戻る)

 

というような、物騒な内容が最初から最後までびっしりと書いてあった。

 

気味が悪くなった男は店主に、

 

(男性声)

 

「こんなものがあったんだけど、なんですか?これ?」

 

と聞いてみた。

 

店主は、

 

(男性低音)

 

「あ!」

 

と声をあげて、

 

「なんでもない、これは売り物じゃないんだ。」

 

と言って、ノートをむしり取った。



その日は仕方なく帰った男だったが、あのノートに書かれていた内容が頭から離れない。

 

奴とは一体、誰なのだろうか?

ノートを書いた人は今も生きているのだろうか?



次の日になっても、あのノートの内容が頭から離れず、気が付いたらまたその古本屋に来てしまっていた。

そして再び店主に問いただしてみたが、教えてくれない。

 

それでも気になって気になって、男は一週間ずっと通い続けた。

さすがにうんざりした店主は、ついに根負けして口を開いた。

 

「あんた、そんなにこのノートが何なのか知りたいのかい?」

「だったら、八月二十三日に大雪山の五合目にあるロッジに泊まってみると良い…。」

「ただし、後悔しても私は知らないよ」

 

男はここまで聞いてしまったら、もう止まらなかった。

 

(背景、山小屋))

 

友達四人を誘い、その年の八月二十三日に大雪山のロッジを目指して登山を開始した。

登山したメンバーの内訳は女二人男三人。



登山そのものは、不可解な事は何も起こらず、順調にロッジまで到着したそうだ。

ロッジに到着すると女二人は、

 

「お茶の用意をしてくるね」

 

と言って、すぐに準備を始めた。

男達は二階に登り、寝室に荷物を運んで整理を始めた。

登山を提案した男は、窓辺に座り景色を眺めていたそうだ。



五分くらいした後、寝室のドアの向こうから声がした。

 

「ねえ、開けて。お茶持ってきたよ」

 

階下でお茶の準備をしていた女の声だった。

 

手にお盆を持っているから、自分でドアを開けられないらしい。

 

近くにいた友人が、ドアを開けた。



その瞬間だった。

 

(落ちる音)

(煙、血のエフェクト)

 

突然そいつの首が、落ちた…。

 

首が切り落とされた男の体の上には、女の生首が乗っていた。

 

そいつの首の付け根からは、沸騰したヤカンのフタのように、絶えず泡まみれの血が溢れだしている。

 

体の上に乗っている、生首になった女友達の目は、恨めしそうにずっとこちらを睨みつけた。

手には、なにか包丁のような刃物を持っている。

 

そいつは迷いもなくすっと歩いてくると、有無も言わさず、荷物を整理する為に部屋の中心にいた友人の首も切り落とした。




窓際に座っていた、この登山に誘った男は、無我夢中で窓から飛び降りる。

 

そして命からがら逃げ出して、登山道を偶然通りかかった登山者に助けを求めたそうだ。

 

「な…仲間が何者かに首を切り落とされて殺された!」

 

この信じ難い話に半信半疑だった登山者だったが、急いでロッジに到着してみると、凄まじい光景に腰を抜かしてしまった。

 

入口を開けて一階に入ってみると、女が二人とも首を切り落とされて死んでいた。

 

「これは大変だ…!」

 

その後すぐに警察が出動した。

 

生き延びた男は、窓から飛び降りた時に足を骨折していたらしく、救急車で病院まで搬送された。

 

警察が現場検証をしたところ、

四人の遺体の首があまりにも鋭く斬られていたのか、出血もほとんどなかったそうだ。

警察はどんな凶器を使用したのか、まったくわからないと首をひねるばかりだったという。

 

そして不思議な事に、犠牲者達の首は一つも見つからなかったそうだ。

 

(背景、病室)

 

結局、事件は迷宮入りしてしまった。



その後、犯人が逮捕された、犠牲者の遺体の一部が見つかった、

などの報道、そして警察からの連絡は一切無かったという。

 

病院では、ベッドに横たわる怯えた姿の逃げ延びた男がいた。

 

そしてその病室では看護師が男の点滴を替えている時だった。

 

(効果音)

コンコン…。

 

そのノックに、看護師が答える。

 

(看護師の声、雨晴はう)

「あれ?誰だろう?はーい、どうぞ。」

 

しかし、ドアは開かなかった…。

 

その代わりに声が聞こえた。

 

(声はひまりの低音)

 

「この部屋に入院している者の母でございます。」

「荷物を持っていまして…すいません、開けて頂けませんか?」

 

男の、母親の声だ。

 

が、母親は単身赴任の父を訪ねて東京にいるはずだった。

ここは旭川だ…こんなに早く母が到着できるのだろうか。

 

そもそも、誰が連絡したのだろうか?

 

この時、男はその不自然さに気づいた。

 

看護師がドアを開けようとする。

「はーい、今開けますね…。」



「駄目だ!開けては駄目だ!」



男が声をあげようとした瞬間。

 

(効果音)

「ドサッ…!」

 

男が、あることに気がついた。

 

そいつは、自分では決してドアを開けない、と言う事。

 

そいつは、どんな人の声も真似できるらしいという事。

 

そいつは、あらゆる口実でドアを開けさせようとする事。

 

そして最後に、そいつは自分の存在を知った人間を、殺すまで追い続けると言う事…。



男はその時ベッドの下に隠れ、じっと息を殺した。

右へ、左へと看護師の足が動いている。

その向こうには、切られたばかりの看護師の首が転がっていた。

おそらく、この看護師の体には、誰か別の頭が乗っかっているのだろう。

どれくらい時間が経っただろうか。

病室中を歩き回った足は、諦めたのかそのまま部屋から出ていった。

安堵感からか、男はそのままベッドの下で気を失ってしまったという。

 

(シーンチェンジ)

 

その後、病院内の慌ただしい雰囲気で、彼は目を覚ましました。

どうやら、看護師のひとりが行方不明になっているそうです。

今さっき化け物に襲われ、行方不明の看護師は首を切られた。

いくら説明しても、他の看護師、そして医者たちは信じてくれません。

彼は諦め、ここでまた奴が現れるかもしれない恐怖と、毎日戦っているそうです。




彼の話は、ここで終わりです。

私は、今回の謝礼を手渡すと共に、丁重にお礼をして病院をあとにしました。

彼の話している内容が、全て事実であるかは、私には分かりません。

しかし、大変興味深い内容なことは事実なので、急いで家に帰って投稿用の原稿を仕上げようと思います。

 

ひとつ、気がかりなことがあります。

この話を聞いた時、私の所にもそいつが来るのではないかと、正直心配になりました。

しかし、いくらなんでも、それはない。

と、どこか他人事のように安心していたのです。

 

(シーンチェンジ、アパート)

 

数日後。

私は友人二人と、酒を飲んでいました。

さまざまな身の回りの話題で盛り上がったあと、

今回の事件について、友達の前で喋ってみたのです。

たしか、午前二時頃でしょうか、

いきなり家のチャイムが鳴りました。

 

(チャイム音)

 

恐る恐る玄関に行くと・・・。

「おい、俺だよ俺。祐司だよ!開けてくれよ!」

 

東京に就職した友人の声がしました。

さすがに皆焦って、そっと鍵を開けて、

 

「鍵、開いてるよ!」



って言ったんです。

 

そうしたら、

 

「お土産沢山抱えてて…。開けてくれよ!なあ!開けてくれよ!」

 

それを聞いて、全員怯えてしまったんですけど、

友人の一人が機転を利かせて、家の裏口を開けたんです。

 

そして、

 

「祐司、なんかドア壊れたみたい。裏口開いてるから入っておいで。」

 

って、言いました。

 

今考えると、本当に入ってきたらどうするんだ!って話なんですけど、

その時は無我夢中だったんです。

 

その晩は友人みんなで、朝まで布団をかぶって震えていました。



次の日、祐司に電話してみると、

 

「え、今?東京にいるけど、なんで?」




今でも半信半疑ですが、もう誰かの為にドアを開ける事は、

絶対にしないようにしています。

生き地獄

生き地獄



うちの母親のいとこの親戚のおばさんの話を書いてみるよ。

 

このおばさんは、当時60代後半で小学校の先生をずっとやってた人なんだ。

家族運のない人で、旦那さんを病気で亡くし、一人息子だった人もだいぶ前に亡くなってる。

たしか海での事故だったはず。

そういう不幸があったんだけど本人はすごく明るくて、ただ家族のかわりなのか室内犬を飼ってかわいがってた。

 

親戚の世話を焼くのが趣味みたいな人で、実際従兄弟の中にはおばさんの教え子の中から嫁さんを世話されたのが2人いる。

ある親戚の一人が多額の借金を背負ったときには、学校の退職金からお金を融通してやったこともあったらしい。

 

生活のほうは自分の年金と旦那さんの遺族年金があったおかげで、何不自由ない一人暮らしをしていた。

正月のたびに高額のお年玉をもらったもんだよ。

 

そんな人だったから、病気になったときには親戚一同が入れ替わり見舞いに行った。

心臓の病気だったんだけど、いよいよいけないって病院から連絡が来たときには、親戚中で集まってベッドを取り囲んだ。

 

心電図が弱くなってきて呼吸も弱って、時間の問題だったろうけど、そのときに従兄弟の一人が泣きながら「おばさん死んじゃだめ、戻ってきて」って耳もとで叫んだんだ。

 

つられたように親戚の何人かがおばさんの枕元にかけ寄って、口々に「死んじゃだめ」「いかないで」って大きな声を上げた。

中には手を握って揺さぶってる人もいた。

それまでのおばさんのしてくれたことを思い出して、親戚のみんなが心が一つになったような感じだった。

 

すると、それが効いたのかわからないけど、おばさんはそこから持ち直したんだ。

「ありえない、みなさんの呼びかけが効いたんですかねえ」と言って医者も驚いていたよ。

 

(ワンクッション)

 

ここからは、うちの母親から聞いた話。

 

母親ともう一人の若い親戚が、病院に泊まり込んでたんだそうだ。

意識が戻ったようですという知らせで病室に行くと、

全身点滴やら酸素やらのチューブだらけになった

おばさんが寝ていた。

薄目を開けてシーツから黒くなった顔を出してたけど、母親らの顔を見ると大きく目を見開いて、しわがれ声で・・・

 

・・・お前ら、何で呼び戻した。

息子と主人が迎えにきて、よい気持ちで光の中に入っていこうとしたのに・・・

なんで呼び戻した!!

 

恨みのこもった声でそういうと、

首だけそっぽを向いてしまった。

 

それから「苦しい、くるうしいいい!!」と叫んで手足をばたつかせだした。

ついていた看護師さんが取り押さえて医師の先生が来て鎮静剤を打って母親らは病室から出された。

だけど意識が戻ればすぐまたそういう状態になるんで、もう面会もできないからっていって母親らは帰って来たんだな。

 

それからは親戚のだれかが見舞いに行こうとしてもおばさんが拒否するんだ。

その理由が

「親戚たちが生き地獄に堕としたから」

とのことだった。

 

とにかく誰とも会いたくないというおばさんの希望で、身の回りの世話は本人が頼んだ付添婦がやっていたということだ。

それから3ヶ月くらい入院していたらしい。

心臓のほうはかなりよくなったものの原因不明の全身の痛みはとれなかった。

しかし日常生活はなんとかできるようになったので、症状固定という診断がおり、病院を退院することになった。

 

実際のところは人が変わったようにすべてが気に入らず、

悪態をつくおばさんを病院がもてあましたんだと思う。

退院の日、親戚たちで手伝いにいこうとか、

お祝いをしようとおばさんに連絡したらしい。

電話の返事は、

「・・・お前らの顔も見たくない、お前らのせいで生き地獄に墜ちた」

という感じでとりつくしまもない。

 

親戚の中で飲食店を経営して羽振りのよい一人が、おばさんを引き取って世話をしようと病院まで訪ねたけど、花瓶を投げつけられて帰ってきたという話だった。

 

おばさんの飼っていた犬は、入院中うちで預かって世話していた。

退院してタクシーに乗るとき。

母親が抱いて駆け寄って見せたら、

すごい顔でにらんで、ものも言わずに

ひったくったということだった。

 

退院後おばさんは、旦那さんが生きていた頃に建てた広い自宅に戻った。

黒い和服を着て、やせて目をぎょろぎょろさせながら、

近所を黙々と歩いているのを何度か目撃されたらしい。

その様子は、通りがかった小さい子供が見たら泣きだすくらい異様な光景だったらしい。

 

こっそり様子を見てきた母親は、

気の毒とか可哀そうというより、

おぞましい、禍々しいという言葉が相応しい

と言っていた。

 

電話をかけても出ない。

訪ねていっても誰も家に入れてくれない。

玄関に鍵をかけて、声をかけると

中からどかどかと扉を蹴っている。

 

なんで戻した、なんで呼んだ、なんで死なせてくれなかった、生き地獄に墜ちた

 

そのうち親戚は、おばさんの家に寄りつかなくなった。



それから1ヶ月くらい後の話。

こうしてもおけないだろうと、老人施設に入るか再入院を勧めるために、

男の親戚数人で会いに行ったらしい。

玄関の鍵が開いてて、中に入ってみたらおばさんは布団の上にうつ伏せになって亡くなっていた。

旦那さんと息子さんの位牌を胸の下に抱いて。

 

死後、そんなにたっていないはずなのに、家の中は強烈な悪臭がした。

医者の話では、両足のふくらはぎのあたりまで、それから背中が壊死していたらしい。

つまり、生きながら腐ってた。

 

それと、臭いの原因は他にもあった。

台所で、おばさんが飼っていた室内犬が腹を引き裂かれて死んでいた。

だいぶ時間がたってしまっていた。

おばさんが亡くなってた寝室の壁には、血膿とおそらく糞尿で大きく・・・

 

「う・ら・む」

 

と書かれていた。

それから、アルバムの写真。

旦那さんと息子さん以外の、親戚やおばさんの友人が写ってる写真はみな、細かくちぎられて散らばってた。

 

それだけじゃなく、おばさんが大事にしてた昔の教え子の小学校の卒業アルバム。

何十冊もあるんだけど、それらもすべて、ハサミとか使わないでよくもこんなに、というくらい小さくちぎられていた。

 

これで話は終わりだけど、母親は、

 

「病院で危篤状態のときに呼び戻したりしてはいけなかったのかもしれないねえ」

 

と話していた。

 

「生き地獄に墜ちた」というのが、どういうことかわからないけど、

とにかく何か、霊界へいく仕組みとかが狂ったんだと思う。

べっ甲飴

ニコニコ

https://www.nicovideo.jp/watch/sm40744392

You Tube

https://www.youtube.com/watch?v=JPH_cqe26t4

 

ベッコウ飴

 

これは、私がまだ小さかった時に体験した出来事です。

 

ある夏に近所の神社の縁日でたくさんの屋台が出ており、そこで『べっ甲飴』の屋台が出ていました。

飴は小さくてまるい物という認識しかなかった私は、色付きガラスの様なべっ甲飴と、むせ返る様な飴の甘い匂いにわくわくしました。

一緒にいた両親は『綺麗ね』とは言いますが、『虫歯になってしまう』『こんな大きいのは食べ切れない』などの理由で買ってはくれません。

べっ甲飴にすっかり魅了された私は、次の日から毎日屋台を一人で見に行っていました。

 

数日続いた縁日の最終日になり、その頃には顔馴染みになっていたべっ甲飴屋のおじさんは、

最後に棒付きの小さいべっ甲飴を「(食べ終わったら)歯ぁー磨けよ~」と言いながらくれました。

私は早速どこかで座って食べようと、境内を見渡しながら歩きます。

他のおじさんにも『これもやるよ』と、砕けたべっ甲飴が詰まった袋をもらいました。

 

境内の脇で、もらった棒付きべっ甲飴を食べました。

途中でそろそろ帰ろうと、べっ甲飴屋さんの屋台の前に行き「バイバイ、飴ありがとう」の意味で手を振ります。

べっ甲飴屋のおじさんが片づけをしながら『もう食ってるんか』と笑いながら話しかけてきました。

私は「まだこっちもあるよ」と砕けた飴が入ってる袋を見せます。

するとおじさんはじっとその袋を見ると、こっちへよこせと手招き。

 

袋の中は『割れたガラスの破片』でした。

 

もし「砕けた飴」の方から食べ始めていたら…。

今でも縁日に行ったり、屋台関連の風景を見ると思い出します。

 

その後警察が来て、縁日の中で異様な雰囲気になったことを強烈に覚えています。

べっ甲飴屋のおじさんと話し、迎えに来た母と一緒に警察の方に事情を聞かれました。

私は泣いてしまい、あまりまともに返答は出来ていなかったと思います。

大人になってから母にこの時の事を聞いたところ、他の屋台の方が『怪しい男が袋を持って立っていた』と証言したらしいです。

捕まったかどうかは分かりません。

 

なんのこと?

https://www.nicovideo.jp/watch/sm40740449

https://www.youtube.com/watch?v=-ed1IhzLQ38

 

「なんのこと?」

 

夫と妻、二人暮らしの夫婦がいた。

1ヶ月くらい前から、夫の様子がおかしくなってきた。

毎日毎日、同じ夢ばかり見るという。

 

真夜中、ふと目が覚める。

すると天井に、自分と全く同じ姿の人間がしがみついている。

首だけ、自分の方に向けて、

 

『お前はもう十分生きただろ、変わってくれよ』

と、言ってくるんだそうだ。

 

夫は、まるで朝の挨拶みたいに、

また今日も見ちゃったよ、と毎日のように妻にいう。

妻は、夫のことをとても心配していた。

「あなた、疲れてるのよ」

そう答えるのが精一杯だった。

 

ある日、その夫が起きても、おはよう、としか言ってこない。

妻があれ?おかしいなと思って、昨日はあの変な夢を見なかったの?と聞いたら、夫が答えた。

 

『な ん の こ と ?』

 

殺し殺され、振り振られ

 

怪談「山の上の廃墟・前日譚、殺し殺され、振り振られ」

https://youtu.be/ZmVvQuVbnpg

https://www.nicovideo.jp/watch/sm40674671

 

 

(ニュース番組)

 

山間にある〇〇県のXX町で、男女の殺人犯が潜伏中。

地元警察は県警に捜査協力を仰ぎ、犯人の行方を追っているとのことです。

 

 

女性Aは、高校を卒業して地元のスーパーでパートとして勤務していた。

高校時代に束縛の強かった元彼Bから開放され、

豊かではないが、幸せな毎日を送っていた。

 

 

仲の良かった友人の結婚式からの帰り道、

女性Aは赤いドレスを着て、軽自動車を運転していた。

もう少し、抑えめの色でもよかったかもしれない・・・。

ぼんやりと、そんなことを考えて交差点を右折する。

対向車線を走っていた、白いワンボックスカーが信号無視をして直進してきた。

 

避けようとおもうが避けきれず、女性Aの乗っていた軽自動車は歩道に乗り上げ停止する。

相手の車に乗っていたのは、

TVニュースで殺人犯として報道されていた、犯人の男と女だった。

荷台には、汚れたスコップとロープ。

死体を山に埋めてきた帰り道であった。

犯人の男が車を降りて、女性Aのもとに向かってくる。

無言で、何かを決意している顔をしていた。

 

 

その三十分後、女Aは車の後部座席にいた。

自分の所有する軽自動車ではなく、

前方がひしゃげた白いワンボックスカー。

さきほどの事故現場から少し離れた、山へと向かう峠道を走っている。

運転しているのは犯人の男。

そして、犯人の女が助手席で不機嫌そうにスマホをいじっていた。

 

ふいに、女が運転している男に話し始めた。

そのすきに、女Aはスマホで助けを求める。

110では、状況を説明する時間がない。

LINEでひとこと、「助けて、連れ去られた」とだけ送る。

相手は、高校時代に付き合っていた元彼Bだった。

束縛が強すぎて、喧嘩別れした男。

それでもいい、誰でも良かった。

それに気づいた犯人の女。

スマホを奪い、車の窓から投げ捨ててしまった。

 

 

車が止まる。

場所は、山へと向かう峠道の途中にある開けた場所。

そこに生活感のない建物があった。

この建物は別荘として建てられ、現在は殺人犯の潜伏先として使われている。

別荘のなかに乱暴に連れて行かれる女性A。

倉庫として使われていた天井の低い地下室に放り込まれた。

 

 

そのとき、別の場所。

女性Aの地元。

そして、束縛の強かった元彼Bの住む土地。

元彼Bが手に持っているスマホの画面には、
あの別荘付近の地図が表示されていた。

 

女性Aのバックには、今もエアタグが仕込まれていた。

エアタグとは、持ち物追跡タグと呼ばれるものだ。

小型で電波を発信し、とりつけた物を紛失したとしても、

GPS機能によって、すぐに場所を追跡できるものだった。

束縛の強かった元彼Bは、別れたあともその装置を使い、

女性Aの位置情報を追跡しつづけていたのだった。

 

 

女性Aが監禁されている地下室に、

血まみれで顔を腫らした男が連れてこられた。

元彼Bだった。

連絡を受けて助けに来たはいいものの、別荘を探索中に犯人の男に捕まってしまった。

警察への連絡もしていなかったという。

よろめく足で、女性Aの隣に突き飛ばされる。

犯人の男が地下室を出ていこうと振り向いたとき、

元彼Bは、犯人の男に体当たりした。

呻く犯人。座り込み、息を切らす元彼B。

手には、血の付いたナイフが握られていた。

呆然と、それを眺める女性A。

元彼Bは、ナイフを握り直すと犯人の男に突き刺した。

果物のように人間の体に刃物が突き刺さる。

犯人の男は、倒れたあと痙攣して、動かなくなった。

 

騒ぎを聞きつけて、犯人の女が階段を降りてきた。

呆然とする女性A、血まみれで座り込んでいる元彼B。

そして、倒れて動かなくなった犯人の男。

状況を把握した犯人の女は、激昂して元彼Bを蹴り飛ばした。

まわりに体をぶつけながら、もみくちゃになる二人。

 

 

唐突に、静寂が訪れる。

犯人の女は倒れ、呻いている。

それを立って、眺めている元彼Bの背中が見える。

ゆっくり振り向くと、元彼Bの腹にはナイフが刺さっていた。

震える手で、それを引き抜くと血がこぼれ落ちる。

逃げよう。

呆然とする女性Aの手を掴み、強引にでも立ち上がらせて地下室をあとにした。

 

駐車場に、あのワンボックスカーが止まっている。

キーは、近くのテーブルの上に置いてあった。

元彼Bは、もう限界のようで、車を見つけたあと気が緩んだのか座り込んでしまった。

運転席のドアを開けたのは、女性Aだった。

鍵を挿し、エンジンをかける。

ほら、早くとせかし、元彼Bを助手席に乗せた。

 

スマホで助けを呼ぼうにも、あの女に窓から投げ捨てられた。

車を運転して逃げるしかない。

元彼Bは腹を刺され、助手席で苦しそうにしている。

女性Aがハンドルを握り、アクセルを踏んだ。

 

ハンドルを握りながら、叫ぶ女性A。

恐怖心からか、開放感からだろうか。

深夜の峠道、車の一台もすれ違わない。

どれくらい走っただろうか。

助手席の男は、先程から動いていない。

肩を触ると、もう冷たくなっていた。

 

曲がりくねった峠道、急ぐあまりスピードを出しすぎて道を外れてしまった。

車はガードレールを突き破り、そのまま落下していく。

スローモーションでゆっくり、崖を転がる岩のように落下していく車。

つづら折りになって折り返してきた下の道のガードレールにぶつかって、ようやく止まった。

 

煙につつまれた車内。

鉄製の車体が、紙の箱を手でぐしゃっと握られたようにひしゃげていた。

真っ白な肌と真っ赤なドレス。

口からは真っ赤な血が垂れている。

運転していた女性Aの体は、シートとダッシュボードに潰され、

ハンドルの支柱が、その体を突き破っていた。

四つ目の彼女との思い出

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新しい動画、「四つ目の彼女との思い出」をアップしました。

切ない系の怖い話となります。

ぜひ、見てみてください。

 

予告編A少女、その1


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予告編A少女、その2


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予告編A少女 その3


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予告編B OP切り抜き


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本編


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本文

 

古来、日本では見た目が通常の人間と違った子供が生まれると、
忌み子や鬼子と呼ばれ、存在しないものとして隠された。

ここは、東北の山間にある小さな集落。
「ヨツ」と呼ばれる、ひとりの少女がいた。
彼女は、顔を粗末な麻布で覆っていた。
他の村人は彼女に優しく、
嫌うこともなく、のけものにすることもなく、
他のものと同じように接していた。

とある夏の暑い日。
村に行商人の男がたどり着く。
彼は、面布をつけた少女のことが気になる。
村人に聞いてみるが、
聞くなと咎められるばかりだ。
好奇心にかられた彼は、
まわりに人がいないときを見計らって、
少女の顔を覆う布を、めくってしまう。

「何をするの」

少女の大きな目が、睨みつける。
大きい玉のような黒目が、左右にふたつ。
いや、その黒目の下にも、同じような黒目がふたつ。
合計四つの大きな瞳が、行商人を睨みつけた。
行商人は悲鳴をあげ、隣町まで逃げていった。

その夜、村の者が集まっていた。
「ヨツ」という、この村の秘密が
村の外に知れ渡ってしまう。
村長は、頭を抱えていた。
今頃、あの行商人は隣町でヨツのことを
吹聴していることだろう。

よからぬ噂は、よからぬ不幸をもたらす。
この村のことを、なんとか守らなくてはならない。
村長は、自宅の中庭にある蔵を改造し、
そこにヨツを幽閉することにした。
座敷牢だ。

「ヨツ」さえ隠してしまえば、
あとは知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだ。
ヨツの母親は泣きながら抵抗したが、
自分が世話をする、という条件で納得してくれた。
ヨツは、ただ黙って頷いた。
そして村の「ヨツ」を隠す、という風習が始まった。

 

 

(背景、コーヒー)
こんにちは、砂好きです。
今回お話する怖い話は、
(ここまでテンプレ)
目が4つもある、謎の女性と遭遇した男子大学生のお話です。
恐ろしい化け物に襲われて、とんでもない状況に陥ってしまう話かと思いきや、どうやら少し違うみたいです。

 

 


(夜空)
(虫の声)
俺は薄暗い部屋の中で、デスクに向かって背を向けた女性の後ろ姿を見つけた。

部屋の電気は消され、明かりはデスクライトのモニターの明かりのみ。
女将さんやA美ではない。後ろ姿でも判別がつく。
見たことのない着物だった。

(ぎしし)

驚きのあまり後ずさりした際に、床が大きく軋んだ。
モニターに向かっていた女性が、ゆっくりと、振り向く。

整った顔だと思った。
白く陶器のように綺麗な肌は、月明かりが差して、より美しく見えた。
しかし、俺は顔が引き攣ってくるのを止められなかった。

彼女には、目が4つあったんだ。
(フェードアウト)

 

 

「四つ目の彼女との思い出」

 

 

(鳥の鳴き声)
(背景・田舎)
今から10年前、まだ俺が大学生だった頃の話だ。
おっさん臭いかもしれんけど、俺は当時、渓流釣りにハマってた。
山奥で、せせらぎと虫の声を聞きながら竿を振る。
今思えば、釣れる釣れないよりも、
そういった場所に行くことがたぶん好きだったんだと思う。

渓流釣りに夢中になってたそんな頃。
8月のお盆明けくらいかな、東北の山奥の方に渓流釣りに向かったんだ。
学生で金も無く、青春18きっぷ使って、ローカル線乗り継いで更にバス乗って、辿り着いたのは人口4,50人くらいの小さな集落だった。
有名なのは鍾乳洞と清流くらいで、まあ辺鄙で静かなところだった。


ここは渓流釣り好きの間では、そこそこ知られたところだった。
小さな辺鄙な集落ではあったけど、一軒だけ旅館があったんだ。
俺はその旅館に滞在して、4-5日大好きな渓流釣りをやろうと思ってた。
旅館は、横溝正史の小説に出てきそうな、よくいえば趣のある、悪くいえばボロい建物だ。
普通の観光客なら気がひけるような、そんな雰囲気だった。

旅館は、女将さんと娘さんで切り盛りしていた。
娘さんは俺の歳も近いこともあって、
1泊目からビックリするくらい打ち解けられた。
ご飯が食べられて、寝られたら良いと思ってただけに、
旅館に戻って、他愛もない話ができるのは楽しかった。
それ以上に、自分と同じくらいの女の子とおしゃべりできるだけで、
まあ年頃の男なら楽しいって思うよな。
今思い出しても途中までは、ただ楽しいだけの滞在だったよ。

1-2泊した頃だったかな。
洗面所から覗く中庭にある、妙なものが気になりだした。
それは、倉庫にしてはしっかりとした建物で、
日当たりの良い中庭に、ぽつんと佇んでいた。
凝った屋根は、社のようにも見えた。
しかし、中庭にある社にしては大きすぎる。
窓まである二階建ての建物は、まるで誰かが住んでるような感じがあった。
女将さんも娘さんも、旅館の母屋で寝起きしている。じゃああの建物は何なんだろう。
気になった俺は、早速娘さん(以下A美)に聞いてみた。

「んー、倉庫かなんかじゃなかったかなー。
 小さい頃から近づくなって言われてるから、
 私もよくわからないんだー」

過去の記憶を頑張って思い出すような顔をした後、
A美は少し申し訳なさそうに言った。
「誰かの部屋?離れってわけじゃないの?」
そんな俺の質問にA美は吹き出した。
「誰かって、うちにはお母さんと私しかいないよ。
 どこの怪談なのよ、それ」

余談だけど、A美は本当に擦れてない。
上手く嘘をつけるタイプじゃないので、
たぶん本当に詳しくわからないんだと思う。
だが、その後A美は何かを思い出したらしく、
少し気になる事を言った。
「あ、でも、ごめん。倉庫じゃないのかも。
 お母さんがご飯を持って入ってるの見たことあるから。
 仕事部屋なのかな?それとも何か祀ってあるのかも」


(背景・夜空)
(ムーンライトソナタ
その日の夜中、俺はどうにも気になってしまい、中庭の建物の近くに行ってみる事にした。
満月が煌々と光っており、夜なのに夜とは思えない程明るい夜だった。
夏虫の奏でる涼しげな音の中、さくさくと中庭を歩いていく。
手入れの行き届いた庭は、芝生すら無いものの綺麗に夏草が整えられていた。

建物は、近付くと思った以上に古く、手入れが行き届いている。
趣のある建物だった。
月明かりが鈍く建物を照らす様子は、どこかの重要文化財に指定されてもおかしく無いほどの風格があった。

(やっぱり社なのか?となると女将さんが運んでるのはお供えかな?)

納得のいく推測が出来上がり、明日女将さんに詳しく聞いてみようと戻ろうとした時だった。
2階の窓から、光が差してるのが見えたんだ。
その日は、たしかに月明かりが明るかった。
でも、明らかにその光は建物の中から漏れ出ているものだった。
ドクン、と心臓が鳴る。
女将さんが中にいるのか?
でもなんで、この時間に?
疑問がぐるぐると頭の中を回る。
A美の言ったように仕事場なのだろうか。
いや、こんな時間にわざわざ母屋から出てする仕事ってなんだ?
緊張と好奇心とが、胸の中でせめぎ合う。
でも、その時の俺は若さもあって好奇心が強く、謎の建物の中に入ってみることにした。

建物の入り口は、まるで大正ロマンを連想させる、
古くて重厚な観音扉で閉ざされていた。
音が出ないことを祈りながら、ゆっくり力を入れる。
重かったが、予想より静かに扉が開いた。

入り口を開けると、まず玄関になっていた。
中は月明かりが少し差し込むのみで、
何とか足元が見えるくらいの明るさだった。
靴を脱ぎ玄関を上がる。
古い木製の床がぎしりと鳴って、心臓も跳ね上がる。
女将さんにバレずに探索するのは至難の業っぽい。
一階には他に目ぼしいものはなく、二階に通じる階段に目を向ける。
女将さんがいるのはこの先か。
音に気をつけながら階段を上ると、少しずつ明るくなっていく。
さっきの窓から見えてた明かりに近付いてるんだろう。
そして俺は、薄暗い部屋の中で、
デスクに向かって背を向けた女性の後ろ姿を見つけた。
明かりはデスクライトと、ノートパソコンのモニターの明かりのみ。
これまでより明るいとはいえ、建物の中だし薄暗い。
でも、そんな暗闇の中で気づいてしまった。


女将さんじゃない。
当然、A美でもない。後ろ姿でも判別がつく。
着ているものも、いつもの2人の部屋着じゃない。
見た事のない着物、だった。
ぎしし。
驚きのあまり後ずさりした際に床が大きく軋む。
モニターに向かっていた女性が、それに気が付いて振り向く。

整った顔だと思った。

白く陶器のように綺麗な肌は、月明かりが差して、より美しく見えた。
しかし、俺は顔が引き攣ってくるのを止められなかった。

彼女には、目が4つあったんだ。

当たり前のように2つある目の下に、更に目が2つあった。
彼女は少し驚いた顔をした後、こっちを見て微笑んだ。
綺麗だと思う気持ちと恐怖とが入り混じって、思考がぼやけてくる。
微笑んで4つとも少し細くなった目までは覚えてる。
でも、その日のその後の記憶は、今も思い出せない。


目が覚めると、冗談じゃなく見知らぬ天井があった。
どこにいるんだ、と身を起こしたところで、
渋い顔をした女将さんが俺を見下ろしていることに気がついた。
状況が飲み込めた。
ここは昨日の建物の中で、気絶した俺は今、目が覚めたところなんだろう。

「どこまでみた?」

俺が謝罪の言葉を発するより先に、
女将さんの鋭い言葉が飛んでくる。
夕飯の時に和やかに、
今日の釣りの成果を聞く優しい女将さんは、そこにはいなかった。
俺はまず謝罪し、正直に昨日の出来事を話すことにした。
俺から聞きたいことも当然あったが、
自分の非がわからないほど子供じゃなかった。

「そう」
昨日の出来事を聞いて、女将さんは短く呟いた。
そして、ようやく笑顔を見せて言った。
「朝ご飯の時間になっても来なくて探しに来たら、
 まさかこんなとこにいるとはね、
 びっくりしたわよ」

 

「僕もびっくりしました。あの、あれ、いや彼女はなんなんですか?」
ようやく少し和んだところで、まず気になるところを聞いてみることにした。
女将さんは質問に対して少し考えた後、渋々話し出した。

「見てしまったものは仕方ないものね。
 これから言うことは十年は誰にも話さないでもらって良いかしら。
 約束できるなら、あなたにならこの話してあげても良いわ」
「もちろん話しません。だから教えてください」
どうせ見たものをそのまま話しても、
夢を見たんだろ、で片付けられてしまうに決まっている。
だから本当に、他人には話すつもりはなかった。


ここからは、やや信じがたい話も含まれる。
女将さん曰く、昨日見た彼女は集落の中で、
「ヨツ」と呼ばれるものだそうだ。

ヨツと呼ばれる子供は、この集落で稀に生まれるらしい。
女将さんは、鬼子という言葉で説明してくれた。

ヨツの特徴は、名前の由来の通り目が四つあること。
それと、見た目だけ見ると殆ど歳を取らないことだそうだ。
昨日見た彼女も、本当は九十近い年齢らしい。

ヨツは、見た目が異様なだけで、人に危害を加えるわけではない。
そのため、生まれてしまった家は、
ヨツを人の目に触れぬようにひっそりと育てられるのだとか。

「今のヨツはね、さっき話したように九十を越えている。
 寿命は普通の人間と変わらないから、もう長くないと思うのよ。
 それで今、この集落は若いものが、うちの娘くらいしかいないでしょ」

「このままだとヨツは途絶えてしまう、と」

「そう。でもね、途絶えて良いものだとも思うの。
 ヨツは生まれた時から、外に出られなくて、
 そんなのすごくかわいそうじゃない」

たしかに生まれてからずっと外に出る事もなく、
ひっそりと一生を終えるなんて・・・。
好きでそんな見た目に生まれたわけでもないのに、
とても残酷だと思った。

「あんなに、綺麗なのに」

最後にふと出てしまった俺の言葉に、女将さんは驚いた顔をした。
綺麗なものを綺麗だと思うことは間違ってるんだろうか。
女将さんは微笑んでいる。何か意味があるのだろうか。

女将さんからは、十年は誰にも言うな。と言うことと、
金輪際、中庭の建物に近付くな。という事を約束させられた。
でも、悪いと思ってはいたが、俺は約束の一つを守ることができなかった。

 


その日の夜も、俺は中庭の建物に向かっていた。
滞在は明日までなので、どうしても最後に彼女に会っておきたかった。
昨日と同じように二階にあがる。
来ることがわかっていたのか、彼女は僕の方を見るなり話しかけてきた。

「今日も来てくれてありがとう。
 昨日は驚かせてごめんなさい」

鈴の鳴るような、響きの良い声だった。
四つの目も、少し微笑んでるように見え、
会いに来て良かったと思った。

「こちらこそ不躾にお邪魔して、すみませんでした。
 明日東京に帰る前に、どうしても会いたくて」

どうしても会いたくて、なんて言葉が
さらりと自分の口から出たのは意外だった。

それからはたくさん、彼女の話を聞き、
また、俺自身の話もたくさんした。

もっと早く会いに来れば良かった。
そんなことを繰り返し、
俺が話していたのは今でも覚えている。

 

とても一晩じゃ話し足りないくらい、色んな話をした。

彼女の見てきたものは、パソコンのモニターを
通したものだけだった。
でもなぜか、そんな話でも、
その日の俺は興味を持って、聞くことができたんだ。

「辛くないんですか」

空が白み始めた頃、俺はついポロッと
突っ込んだことを聞いてしまった。
そんな言葉に彼女は目を伏せ、少し悲しそうに微笑んだ。

「辛いですね。私は外に出られないし。
 お金を稼ぐことが出来ないから。ただ姪(女将さんのこと)の
 負担になってしまってるのが辛いです」

優しい人なんだと思った。
どうにかして力になりたいと心から思ってしまった。
俺はそんなことを、自分なりの言葉にして彼女に伝えた。

「ありがとうございます。
 でも私、聞いてるかもしれないけど、もう長くないんです。
 その気持ちだけで充分ですよ。それが聞きたかった」

そう言って、彼女は俺に抱きついてきた。

落雁のようなほのかに甘い彼女の匂いに、
夢のような現実が更に深まっていくのを感じた。

そこからはお互い、気持ちを抑えられなかった。

不老というのは本当で、彼女の肌は全く年齢を感じさせなかった。
たぶん、年齢という概念が普通の人とは違うんだろう。

俺にとってその夜は、
その前日の初めて会った夜以上に、忘れられない夜となった。


「また、逢いましょう」

早朝ひぐらしが鳴き始める中、
階段を降りようとする俺の背中に、彼女はたしかにそう言った。
俺は、振り返りもせず建物を出た。

もう会えないだろう、もっと早く会いたかった。
数時間前まで、そんなことを二人で言っていたのに。

あれから十年、つまり現在。
俺は大学を卒業し、就職し、
そこで知り合った女性と結婚した。
子宝にも恵まれ、
今年の春には産まれる予定だ。
ただ先日、嫁の行ったエコーに
気になるものが一つだけあった。
ここまで読んだ人には、ピンとくるかもしれないが、
あの特徴があった。
医者からは、出産を取りやめるよう提案されたが、
俺は産んでもらうつもりだ。

あのヨツとの出会いと、
何か因果関係があるのかは、俺にはわからない。

もしかしたら、女将さんが言わなかった、
何かしらの秘密が、ヨツにはあったのかもしれない。

あの日、「また会いましょう」という言葉を彼女は、
どんな表情で言ったのだろうか。

次は、四つ目のお話。

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次に動画化する怪談は、もう決まっています。

四つ目の女の話です。

 

とりあえず、その怪談の他に予告編という名のサブ動画も作ろうと思って、

四つ目の少女期のお話をでっち上げます。

いつものことですね。

とりあえず、こんな感じ。

 

 

古来、日本では見た目が通常の人間と違った子供が生まれると、

忌み子や鬼子と呼ばれ、存在しないものとして隠された。

 

ここは、東北の山間にある小さな集落。

「ヨツ」と呼ばれる、ひとりの少女がいた。

彼女は、顔を粗末な麻布で覆っていた。

他の村人は彼女に優しく、

嫌うこともなく、のけものにすることもなく、

他のものと同じように接していた。

 

とある夏の暑い日。

村に行商人の男がたどり着く。

彼は四六時中、面布をつけた少女のことが気になり、

村人に聞いてみるが、聞くなと咎められるばかりだ。

好奇心にかられた彼は、まわりに人がいないときを見計らって、

少女の顔を覆う布を、めくってしまう。

 

「何をするの」

 

少女の大きな目が、睨みつける。

大きい玉のような黒目が、左右にふたつ。

いや、その黒目の下にも、同じような黒目がふたつ。

合計四つの大きな瞳が、行商人を睨みつけた。

行商人は悲鳴をあげ、隣町まで逃げていった。

 

その夜、村の者が集まっていた。

「ヨツ」という、この村の秘密が村の外に知れ渡ってしまう。

村長は、頭を抱えていた。

今頃、あの行商人は隣町でヨツのことを吹聴していることだろう。

よからぬ噂は、よからぬ不幸をもたらす。

この村のことを、なんとか守らなくてはならない。

 

村長は、自宅の中庭にある蔵を改造し、そこにヨツを幽閉することにした。

座敷牢だ。

「ヨツ」さえ隠してしまえば、あとは知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだ。

ヨツの母親は泣きながら抵抗したが、自分が世話をする、という条件で納得してくれた。

ヨツは、ただ黙って頷いた。

そして村の「ヨツ」を隠す、という風習が始まった。

洒落怖2

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1ヶ月弱くらいかけて、洒落怖の動画を作成しました。

がんばりすぎて、再生時間が約3時間になっちゃいました。

途中途中で、いい話がたくさんあって、

あー、この話の単体の動画を作りてーと何度思ったことか。

もったいないお化けが出る動画ですよ、ほんと。


www.youtube.com